OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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黒鳥の湖

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 『盤』では、訪れる度にその理由が何であろうと花肥代と呼ばれる代金を払わなくてはならない、その金額が幾らなのかはオレ達白手の知るべきことではないけれど、それを理由に足が遠退く方もいるのでそれ相応の金額なのは違いない。

 だから、それにちらとも文句を言わずに足繁く通う時宝は珍しい存在だ。

「でも、優しい人がいいって言った!」

 そう叫ぶ蛤貝の目は涙目だ。

 蛤貝の言う優しさがどう言ったものかはそれぞれの尺があるだろうからわからないけれど、オレから言わせてもらうと時宝は優しい。

 オレの髪をくすぐるように撫でて行く手つきは特に……

「幾らお金があってもアレはない!」
「いつもお金がないとって言ってるのに……それに、蛤貝だって了承したじゃないか!あんなに嬉しそうにしてたのに!」

 そう言い返すけれど蛤貝は聞いているのかいないのか返事はしない、もしかしたらあえてオレの言葉を無視したかもしれないなって訝しむけれど、それを聞いたらまた感情が爆発するんじゃないかってはらはらしたから、ぐっと言葉を飲み込むしかなかった。

 オレの心情なんかお構いなしに、怒りに肩をいからせたまま二人で使っている部屋へとドスドスと入って行くから、しかたなくそれを追いかけて自室へと入っていく。

 ベッド二つも置けば窮屈な印象を受けるほどの小さな部屋は、それでも『盤』ではいい待遇の方だった。

 小石時代や下の部屋になれば大部屋に数人詰め込まれることもあるし、そうなると個人的な物を持つ事すら容易ではなくて……
 そう言う生活から考えると、狭くとも二人で部屋を使えると言うのは厚待遇だ。

「   っねぇ!あんな人の子供を産むなんてやだよ!」

 戸を閉めた途端そう叫ばれて、思わず廊下の方を振り返る。

 誰にも聞かれてはいないかとひやりとするも、廊下を通りかかる気配はない。

「っ  蛤貝っなんてこと言うんだよ!」
「やなものはやなんだもんっ!」
「そんなこと言ってるの聞かれたら叱られるよ!」
「叱られた方がマシだよ!そうだっ那智黒っ!替わって!俺は神田様にも気に入られてるし!そうしたら那智黒も売れ残らないしいいでしょ⁉」
「な、なに …………」

 思ってもいなかった蛤貝の申し出は、一瞬の動揺を誘うのには十分だった。


 あの髪を撫でる優しい手を、全身で受けることができたなら……


 きゅっと息が詰まるような気分を振り切るように首を振る。

 時宝は言ったじゃないか、運命を選んだって……

「うんって言ってよ!ねぇっ!」

 小さな子供が駄々をこねるように首をぶるぶると振り、蛤貝はそのつぶらな瞳にいっぱいいっぱいまで涙を溜めて唇をきゅっと引き結ぶ。
 白い肌が興奮のためか赤く染まって、兄であるオレですらドキッとするような心の揺さぶりを感じて、思わず戸惑って呻き声が出そうになる。



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