652 / 801
黒鳥の湖
22
しおりを挟む『盤』では、訪れる度にその理由が何であろうと花肥代と呼ばれる代金を払わなくてはならない、その金額が幾らなのかはオレ達白手の知るべきことではないけれど、それを理由に足が遠退く方もいるのでそれ相応の金額なのは違いない。
だから、それにちらとも文句を言わずに足繁く通う時宝は珍しい存在だ。
「でも、優しい人がいいって言った!」
そう叫ぶ蛤貝の目は涙目だ。
蛤貝の言う優しさがどう言ったものかはそれぞれの尺があるだろうからわからないけれど、オレから言わせてもらうと時宝は優しい。
オレの髪をくすぐるように撫でて行く手つきは特に……
「幾らお金があってもアレはない!」
「いつもお金がないとって言ってるのに……それに、蛤貝だって了承したじゃないか!あんなに嬉しそうにしてたのに!」
そう言い返すけれど蛤貝は聞いているのかいないのか返事はしない、もしかしたらあえてオレの言葉を無視したかもしれないなって訝しむけれど、それを聞いたらまた感情が爆発するんじゃないかってはらはらしたから、ぐっと言葉を飲み込むしかなかった。
オレの心情なんかお構いなしに、怒りに肩をいからせたまま二人で使っている部屋へとドスドスと入って行くから、しかたなくそれを追いかけて自室へと入っていく。
ベッド二つも置けば窮屈な印象を受けるほどの小さな部屋は、それでも『盤』ではいい待遇の方だった。
小石時代や下の部屋になれば大部屋に数人詰め込まれることもあるし、そうなると個人的な物を持つ事すら容易ではなくて……
そう言う生活から考えると、狭くとも二人で部屋を使えると言うのは厚待遇だ。
「 っねぇ!あんな人の子供を産むなんてやだよ!」
戸を閉めた途端そう叫ばれて、思わず廊下の方を振り返る。
誰にも聞かれてはいないかとひやりとするも、廊下を通りかかる気配はない。
「っ 蛤貝っなんてこと言うんだよ!」
「やなものはやなんだもんっ!」
「そんなこと言ってるの聞かれたら叱られるよ!」
「叱られた方がマシだよ!そうだっ那智黒っ!替わって!俺は神田様にも気に入られてるし!そうしたら那智黒も売れ残らないしいいでしょ⁉」
「な、なに …………」
思ってもいなかった蛤貝の申し出は、一瞬の動揺を誘うのには十分だった。
あの髪を撫でる優しい手を、全身で受けることができたなら……
きゅっと息が詰まるような気分を振り切るように首を振る。
時宝は言ったじゃないか、運命を選んだって……
「うんって言ってよ!ねぇっ!」
小さな子供が駄々をこねるように首をぶるぶると振り、蛤貝はそのつぶらな瞳にいっぱいいっぱいまで涙を溜めて唇をきゅっと引き結ぶ。
白い肌が興奮のためか赤く染まって、兄であるオレですらドキッとするような心の揺さぶりを感じて、思わず戸惑って呻き声が出そうになる。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる