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黒鳥の湖
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しおりを挟む「何か芸でも見せましょうか?」
膳の酒を注ごうとして、まだこの後に仕事だからと断られて仕方なくそう提案してみた。
「何が出来る?」
「お望みならば何でも……舞も歌も、楽器もできます」
そう言った芸は一通り学んできている、大体のことならば言われて出来ないことはないだろう。
まぁ……得意不得意はあるんだけれど。
「そうか、じゃあ 」
「はい」
「何か喋れ」
「は は⁉︎」
その会話がなくて提案したのに、いきなり何かを喋れと言われても混乱するばかりだ。
「お前のことでいい」
「蛤貝のことではなく?幼い頃より対でおりますので、些細なことでもお話しすることができますが」
「他人から聞く評価を真には受けない」
バッサリと切り捨てられてしまい、蛤貝と二人一組でいる意味を否定された気分だった。
「とは言え、この身の上で旦那様が面白く思われることなどあるのか 」
「なんでもいい。それよりもその喋り方はどうにかならないのか」
うんざりだ と言いたげな態度で言われるけれど、座敷でもてなしている今は言葉を崩すことはできない。その障子の向こう常に誰かが一人控えていて、用がないか不測の事態はないか常に目を光らせているからだ。
オレが控えの居る辺りにさっと視線を走らせると、気付いてくれたのか不機嫌そうに眉を顰めてそれ以上言葉遣いに対しては何も言われることはなかった。
「生まれは蛤貝と同じくここで産まれました、幼い頃は蛤貝と共に小石として過ごし、石を経て蛤貝と同時期に那智黒の名を継ぎました」
「それで?」
「普段は、ここで勉学や稽古や小石達の面倒をみております」
「外には出ないのか?」
そう問われて驚きに目をぱちくりとさせると、意地悪そうに口の端を上げて笑う顔が見れた。
「外 には、出ることはありません」
「まったく?」
「そう ですね、何かあれば一大事ですので。然るべき方が然るべき手続きと準備をして下されば……」
然るべき方 とは旦那様のことだ。
だから、選ばれなかったオレが外に出ることはない。
「ですので、外を見ずにここで一生を終えるオメガもおります」
「出たいか?」
小さく口の端に上る笑みは何を意味しているんだろう?
この小さな世界で人生を終える覚悟をしているオレを笑っているのか、憐れんでいるのか?
外に憧憬がないのかと尋ねられれば、ないと言い切れない程度には憧れある。けれどもそれ以上にここ以外の生活を知らないから、恐怖心の方が勝っていた。
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