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かげらの子
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しおりを挟む「でも……」
「他 の、道はないのか⁉」
「 ぅん」
捨喜太郎の剣幕に怯えを滲ませながら宇賀は蚊の鳴くような声で答え、自身には何一つ罪などないのに、全ての罪は自分が背負うとでも言いたげに「ごめん」と項垂れる。
この道以外を示す事が出来ない力の無さを恥じ入るように、さらさらと髪が俯いた顔を隠して行く。
「先神さまのいる湖の向こうに行けば、あとは一本道だから……そこまで、手を引いてあげる」
「駄目だ」
「先神さまは、何もしないよ」
そう諭す宇賀を、勢いを殺しきれない手が掴む。
「あれはっ!神なんかじゃないっ‼」
そこの声が闇に吸い込まれて、辺りはしぃんと耳が痛くなる程静まり返る。
木霊も、それに驚いて騒ぐ動物の気配すらなく、ただ静まり返った重苦しい空気だった。
「じゃあ、先神さまが悪さしないように、さきたろが村から出るまで宇賀が見てるから」
「駄目 駄目だ だ ……見てる?」
ぶつぶつと言葉を繰り返す中で、捨喜太郎は一つの引っ掛かりを覚えて動きを止める。
「いや……違うだろう?宇賀は……私と一緒に……村から逃げるんだろう?」
動いた拍子に流れる黒髪の間から、小さく微笑む宇賀の口元が覗く。
紅い、艶のあるそれは甘く、言葉を探しているのか少し開いたり閉じたりをする様は酷く艶めかしくて、捨喜太郎は答えが出ずにずっとそれを見ていられたら と、混乱する頭の隅で別人が考えているように冷静にそんな事を思う。
「────宇賀は」
眉尻の下がった表情で以前に伊次郎が言ったように、「村から出られないから」と小さく告げた。
ぷつん と、何かが繋がったのではなく途切れたような感覚がし、捨喜太郎は震えの止まらない手でゆっくりと宇賀の顔に掛かった髪を耳に掛けてやり、月の光に柔らかな曲線を描く顔を見る。
凪いだ湖面のように静かに光を弾く瞳を見て、捨喜太郎はそこに映る自分の姿に視線を移した。
────ああ、そうだ……
得心を経て、捨喜太郎はことことと何かが積み上がって行く感触を感じて小さく呻く。
あの時、何故謝罪を重ねたのか、
どうして、この先が恐ろしいのか、
何故、『おめが』に惹かれたのか、
宇賀の事が愛おしくてどうしようもないのか、
「 ────、そうか、 」
ずっと待っていてくれたのだ と、言葉よりも先に心が訴える。
蔑まれても、
罵られても、
忌避され、
孤独であっても、
「ずっとここで、 私を待っていたのか」
それは問い掛けではなかったし、宇賀も是も否も答えない。ただ、明るい月を映す互いの瞳の中を覗き込んで、かつての面影を探すばかりだった。
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