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かげらの子
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しおりを挟む目の前に膝を突いた宇賀は小さく、儚げで、華奢で、美しい黒髪を月の光が撫でて飴か硝子で出来た細工物のようだった。
捨喜太郎の渾身の力で抱きすくめれば、あっと言う間に砕け散ってしまいそうなのを良く分かっていながら、捨喜太郎は訳の分からない衝動に突き動かされてその体に縋りつく。
「宇賀っ!だ めだ!ここから先は、 だめだ 駄目 駄目 駄目 っ」
ぐぅっとせり上がって来た物が捨喜太郎の言葉を黙らせるように遮ったが、酸いその味に負けないように捨喜太郎は大きく首を振って更に「駄目だ」と声を張り上げた。
夜の静寂は草木が風に掻き乱されるほんの僅かな音だけをやけに大きく耳に届け、逆にその叫び声は飲み込んでしまったかのように響きもせずに消え去り、不気味に沈黙を強要してくる。
腕の中で細い体が撓り、はぁ と空気が押し出される呼吸の音を聞いても、捨喜太郎は宇賀を離せずにただただ譫言のように言葉を繰り返し、夜の闇が怖いと怯える子供のように駄々をこねた。
「ぅ がっ 駄目だ‼」
風に靡くと深い紫にも見える黒髪の向こうに続く道に視線を遣ろうとするも、ぶるぶると瘧のように体が震えて項垂れる。
「でも……ここを通らないと村をまわれないから……」
小さな子供の我儘に付き合うかのような表情で言うと、困ったな と言う顔のまま宇賀は後ろを振り返った。
その先にあるのは木に遮られた辛うじて道と分かる物が続く暗闇で、月が明るいせいで落ちた影が満遍なく墨を塗ったように暗い。
「ここの、先は、 」
その暗闇を見ているだけで目が回り、震えと止まらない汗でどうにかなりそうだった。
宇賀の視線の先に待つ物について言葉を出そうとすると歯の根が合わず、捨喜太郎はうまく言葉が紡げないまま、けれど「駄目だ」と言う意思だけは伝えようと懸命に首を振る。
「でも、そこを通らないとさきたろ、外に行けないよ?」
宇賀の目が闇を見透かすように村の方を見、それからこの先にあると言う先神の住処を見比べ、諭すように捨喜太郎を見た。
凪いだ瞳は普段ならば気も落ち着かせてくれようものだが、今この瞬間には全く役に立たず、ただただ取り乱して色を失う人間には役に立たない。
「 ────だって、あの先には、 雄雌蛇 が、いるじゃないか!」
語尾はひぃ と言う小さな悲鳴に掻き消えた。
「さきたろ?」
あれ程、幾度も幾度も口にし、調べてきた『雄雌蛇』と言う名前が妙に捨喜太郎の心を引っ掻く。
深く、柔らかで、自分自身でも分からないようなそれに、その名前が刃を突き立てているようで、息が苦しくなって捨喜太郎は胸を押さえてよろよろと尻餅をつき、「分からない」と呟いた。
「……何が、どう、駄目なのか、どうして、いけないのか、 分からない」
でも、この先には行ってはいけない。
脅迫にも似たその思いは自身の気持ちで塗り替えられるようなものではなかった。
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