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かげらの子
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しおりを挟む余りにもぞんざいに強く擦るので、捨喜太郎が慌てて止めなくてはならない程だった。
「止めるんだっ傷が酷く……」
言葉は途中で途切れ、力一杯擦った筈なのに消える事のなかった血痕を不思議そうに見遣る。
「これは 血ではないのか……」
痣だったのか と安堵して続けようとした言葉は遮られ、
「これは、貴男の血」
と、涼やかな声が告げる。
奇妙な事だと捨喜太郎は思った。
幸いにして自身に血の出るような傷はなく、滴る程の怪我はどこにもなく宇賀を汚す事はまずない事だ。そしてもし血痕だとしても、あれ程激しく擦り上げて消えないと言う事はあり得ない。
気付いてしまうと髪に隠れているその部分の赤い花弁がどうしても気に掛かってしまい……
「……どう言う事だ?」
そう尋ねながら引き寄せて、もう一度耳元を少し過ぎた辺りに視線を落とした。
「うん?」
応えるのは穏やかな、凪いだ湖面の瞳だ。
それは先程までの涼し気な声音の持ち主としてふさわしい物だったけれど、そうではないのだと心の隅が引っ掛かった。
足を上げる度にざわりと舐るような寒気が襲い、捨喜太郎はとうとう前に進む事が出来なくなってその場に立ちすくんだ。先程のように疲れが体を縫い付けたのではなく、ただただ嫌悪や若しくはそれに近い感情が、地下深くから足を掴むようにして動きを押し留める。
背を伝う汗を、夏の夜に山を登ったからだと自分を誤魔化すのも限界で、不安そうな顔で振り返る宇賀に視線を遣ろうとする事すら出来ずにその場に崩れ落ちて突っ伏した。
ぽとん と椿の花が落ちるような音がして地面に雫が垂れた時、捨喜太郎は自分の汗が垂れたのだと思い、土埃のついた黒い袖口で乱暴に額を拭う。
けれど黒い布地は滲み出した水を含んではくれず、どう言う事だと怪訝に思って顔を覆った。
「 さきたろ ?どうした?」
繰り返し額を擦るもぽたぽたと落ちる雫は止まらず、捨喜太郎は不思議に思いながらこめかみを拭う。けれどもそれもやはり意味がなかったようで、次々と落ちる水滴が幾つも幾つも土の上に落ちて吸い込まれて行く。
月光が陰り、傍らに宇賀が来たのだと分かった捨喜太郎が顔を上げると、揺るぎない夜の明かりに霞む宇賀が手を伸ばしている所だった。
その手が触れる直前に少しだけ戸惑い、けれども と言う風な決心を持って捨喜太郎の目尻に触れる。
すると、滴っていた雫が宇賀のほっそりとした指先に移り、星を捕まえたかのようにそこで輝いて見せた。
「どうして……泣くの?」
宇賀の言葉は飾り気がなさ過ぎて、返ってこちらの言葉を遮ってしまう。
自身の心情を言い募る言葉も見つからず、だからと言ってただ「泣いている」とも返せないまま、捨喜太郎は緩く首を振って応える。
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