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かげらの子
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しおりを挟む「 おい!」
ここまで音を立てて気付かれない筈がなく……
駆け寄ってくる音がすぐ傍に来る前に、捨喜太郎は渾身の力を込めて穴倉を塞いでいた木の板を思い切り弾き飛ばした。
反発の力は強く、骨が軋む音が聞こえたがそんな物には構っていられないとばかりに力に任せて穴倉から這い出す。怯んだ表情の男二人と目が合ったが、相手は何が起こったのか把握しきれないのか悲鳴すら上げず、微動だにしない。
ここから逃げ出したと騒がれては厄介だと逡巡したが、だからと言って捨喜太郎自身にその二人の口を封じる手段や心構えがある訳ではなかった。
一瞬、男達と同じように戸惑ったが、すぐに踵を返して走り出す。
この穴倉が村のどこにあるのかは皆目見当が付かなかったが、上から見れば見渡せてしまう程のこじんまりとした細やかな村の事だ、走れば見知った場所に出るのは容易に想像が出来た。
「 っ」
つんのめりそうになりながら駆け出すと、背後でやっと騒ぎ出す声が上がり……
本で出来た巣に籠るように生活していた身では山で暮らしている人間に敵う訳もなく、あっと言う間に追いつかれて襟首を引っ張られ体勢が崩れそうになる。
それを寸でで堪えてがむしゃらに腕を振るうとほんの一瞬、拘束から逃れる事が出来たがすぐに別の手が伸びて突き飛ばされてしまった。
「大人しゅうしぃや!」
「なんやら⁉こいつっ!」
二人がかりで押さえつけられれば逃げ出す事は不可能で……
安易に、あの穴倉から出てどうにかなると思っていた自分の短絡さを呪いながら、土のせいで嫌な音を立てる奥歯を噛み締める。
「おい!誰やおらんか⁉留夫様に言うて来てくれや!」
目の前の地面を睨みつけながらなんとか抜け出そうと力を籠めるも、さすがに二人の体重を押し退ける事は出来ず、固い土に爪を立てながら悪足掻きのように這いずるも、更にきつく押さえ込まれる始末だった。
「 榎本様」
ざり ざり ざり と土を擦りながら近づく音と、それを追いかけるように声が届く。
いつも好意的に見えていた留夫の笑顔が、地面から見上げると夕日に照らされてまるで他人のような形相に見え、捨喜太郎はまるで獄卒に引き合わされたような良くない気分に陥った。丸い顔も人懐こそうな笑顔もそのままなのに、黒い着物を着た姿は得体の知れないままで、捨喜太郎はその視線から逃げ出したいと言う思いを隠しきれない。
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