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かげらの子
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しおりを挟む「 伊次郎様、水をお持ちしましたよ」
穏やかな声は留夫の物で、声だけを聞いていると人を監禁しているとは思えない程にいつも通りだ。微かに天井がずれて光が差し込み、その光を利用して伊次郎は捨喜太郎の方を振り返って唇に指を押し当てる仕草をして見せる。
それがどう言う意図で出された合図なのかは分かりかねたが、この場ではそれが最善だろうと反射的に頷いて口を押えた。
「……ここから、出すんだ」
差し込まれかけた竹筒の動きが止まり、やや考え込むような間があった。
「 ご決断頂けましたか?」
低い、疑うような、そんな声だ。
「 」
「ではこちらでもうしばし潔斎下さいますよう……」
「待て。……考え直す事はないのか?」
「ございません。当代村長は貴方様でございます」
「…………」
「お務めを果たされませ」
引く気配を見せない留夫の声に、ぐっと言葉を飲み込んで喉が鳴る音が聞こえたような気がした。
伊次郎はもう一度捨喜太郎の方を振り返り、物言いたげな目で声に出さずにじっとしているようにと告げてから顔を上げ、不承不承さを隠しもしない感情を込めて返事をする。
「……分かった」
会話の内容は全く分からなかったが、伊次郎を信じてみようと捨喜太郎はそのままじっと息を潜めた。
「長としての役割を果たそう」
「…………」
「そうするべきなんだろう?」
「 はい、その通りでございます……御立派でございます」
「ではここから出してくれ」
「榎本様はまだお気付きになってはおりませんか?」
そう尋ねられ、伊次郎がさっと捨喜太郎を見る。捨喜太郎はその視線の意味する所を一瞬で受け取り、音を立てないようにそろりと背を床につけると、思いの外ひやりとした冷気が沁み込むように体を伝う。
夏に感じるには余りにも異質な涼しさに嫌な汗が噴き出して拳の中を濡らした。
「 ああ」
「……では、どうぞ。お足元にお気をつけて下さいませ」
声だけを聞くと従順な留夫が入り口を塞いでいた荷物を避ける音がごとごとと響く、それは穴倉には大き過ぎる騒音で、捨喜太郎はこのまま生き埋めにされるんじゃないだろうかと言う恐怖と戦いながら死んだように息を潜めるしかない。
外の光が瞼を透かして瞳の奥に刺激を与える。
反射的に呻きたくなるような衝動に駆られたが、伊次郎の「よく眠っている」の言葉に寝たふりを貫くと、そのふりを信じたのか留夫が満足そうな声を出す。
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