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かげらの子
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しおりを挟むまるでそこに本能以外の何かの意志が介入していたような気がしてならず、捨喜太郎はそわそわと落ち着かない気持ちを隠す事もなく、その態度に表して見せる。
「…………さぁ、この山の向こう、先神様のお社のある山の方から蛇は来ると言われております。ただ、村は先神様をお祀りしているご加護で、蛇は入っては来ませんが。……ああ、そう言えば祭りの話が途中でしたね 」
「や、あのっ雄雌蛇のお話を、もっと詳しく聞かせて頂けませんか?」
伊次郎の言葉を遮りもっとも知りたかった言葉を出すと、酷薄そうな表情が崩れて苦笑が漏れる。
「まず、一つ一つ片付けて行きましょう」
声も岩を叩いたかのように硬質で、表情も良く見なければそうと分からない程乏しいと言うのに、自分に対するその諭し方はまるで導き手のようだ と捨喜太郎は感じた。
「では ────」
場を仕切り直そうとした伊次郎の言葉が止まり、視線が戸へと動く。
「 ────伊次郎様」
引き戸の向こうから声を掛けられ、はっと顔を上げると目の前の伊次郎は先程までの表情を欠片も残しておらず、厳めし、酷薄そうな顔つきで姿勢を正す所だった。余りの変貌ぶりに声を掛ける事が出来ないまま、叱られた子供のように身を竦ませていると、静かに戸が引かれて留夫が顔を見せる。
捨喜太郎を見つけると懐こいような表情のままぺこりと頭を下げた。
「お話し中にすみませんね、よろしいでしょうか?水量の件で問い合わせが来ておりまして」
「それはお前に対応を任せる。今から榎本さんに祭りの話をしなくてはいけないのだから」
「そんな雑事は私めの仕事でしょう」
低く頭をぺこぺこと下げながらも留夫の態度は引く人間のそれではない。
人の機微に疎い捨喜太郎でもさすがに二人の間に流れる空気の異様さを感じ取り、間に挟まれてもぞもぞと座り直しては本の棚へと救いを求めて視線を遣る。
「客人への説明を雑事とは思わない」
「言葉の綾でございますよ、祭事も大事でございますが伊次郎様には村の事を第一にお願い申し上げたいだけでございます」
「水の事はどちらにせよ直ぐに返事は叶わないのだから」
「お使いの者を待たしております」
酷く刺々しい声音だと、脇に汗をかきながら捨喜太郎はにこやかな留夫と穏やかな表情のなくなった伊次郎を見比べた。
激しく言い争いをしているわけではない、寧ろ表面上は二人とも穏やかで諍いの欠片もない筈なのに、捨喜太郎はここが居心地悪くて仕方がなく、ここから自分を救い出してくれるものはないかと混乱する頭で本棚を追う。
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