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かげらの子
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しおりを挟むそんな捨喜太郎を見て、穏やかそうに口の端だけに苦笑を乗せた伊次郎が小さく肩を竦めた。
「私があの時に名前を呼んだのは、貴男のお名前が邪払いに相応しいと思ったからです」
「邪」と聞いて最初に蛇を思い浮かべてしまったのは同じ音のせいなのか……捨喜太郎は複雑な表情のまま、自分の名前を見下ろしたままだ。
「話が逸れましたね、祭りの事ですが……」
「はい。皆さん、この提灯を持って先神様を祀ってある社に向かわれるのでしょうか?」
そう尋ねると、伊次郎は少し片眉を上げるような表情をして見せた。
それはつまり呆れを滲ませた顔で……捨喜太郎は先程伊次郎が話した事を思い出して頬が赤くなるのを感じて俯く。
「あの森に蛇が出るのはご存じですね、あの森の奥に入れば入る程、蛇がおります。行き来できるのは宇賀くらいでしょう」
聞こえた名前に息が詰まって、隠す処か大袈裟に飛び上がってしまったせいか伊次郎の目が大きく見開かれ、捨喜太郎を見遣った後に何かに気が付いたのか「ふぅ」と溜息を吐かれてしまった。
その溜息は、「何かありましたね」を言外に含んでおり、捨喜太郎はますます顔を赤らめて項垂れるしか出来ない。
「宇賀は男巫女なので」
男巫女 と聞こえた言葉に、捨喜太郎の胸がどっと鳴る。
「宇賀は先神様をお祀りしている男巫女なのです。祖先の話をいたしましたよね?弟御の子供は、それから後は先神様に仕える事となったそうです」
「それはー……逃がした為ですか?恋人を逃がす対価はそれだったんですか?」
「さぁ ただ、先神様にはまだ他にも話があるのはお聞きになりましたか?」
「あ いえ」
比較的言葉の通じる若者達は日々の作業に忙しくて話しては貰えず、少し手の空いている年寄り連中は言葉がうまく伝わらず、きちんと話を聞く事はなかなか難しかった。
「先神様は、片身を裂かれて探し求める孤独な神でもあります」
先神には豊穣の神と言う部分だけでなく、荒神としての側面もあるのだろう。
「それが『雄雌蛇』と呼ばれている所以です」
「どうして……おめがなんでしょうか?」
「諸説聞きますがね、おめがに『いい人』を取られた者が怒りの余り『おめ(お前)がっ(盗った)、おめ(お前)がっ(誑かした)』と叫ぶから だとか、『牡牝蛾』……なんて風刺もありましたね」
「ですが蛇は聞いた事がありません、この村の蛇の多さと……関係があるんでしょうか?」
蛇は臆病な生き物とも聞く、今朝のように故意に人を付け回して殺気を感じさせるなんて事はあり得ないだろう と、そう捨喜太郎は思った。
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