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かげらの子
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しおりを挟む喜んでいるように見える者もいれば、曖昧な表情で身を竦めている者もいる。
さっきから、自分の分からない事ばかりだ……と、捨喜太郎は眉を顰めた。
余所者であるのだから分からない事は当然だとしても、それを踏まえていて説明もなく勝手に話を進められるのには納得がいかない。確かにこの村には、祀る神を調べる為に来たのだし、それに由来する祭りへの参加は諸手を上げて喜ぶべき事だ。けれどこの女達の物言いたげな気配は……
「明日は一日、祭りの準備に努めるように」
岩を叩いたような硬質な声が更に硬くなったように思う。伊次郎の言葉は親しみのあるそれではなく、壁を作った人間の物だ。
話を切り上げるような言葉に、女達はそれ以上何かを尋ねる事が出来なかったのか、問いを投げかけたそうな顔をしながらも、そそくさと坂を下って畑の方へと降りて行く。
「失礼しました。ともかく、榎本さんは着替えるべきですね」
薄い唇を弧に歪めて、伊次郎は土と草に塗れた捨喜太郎の体を爪先から頭まで見て肩を竦めた。
表面が擦り減り、繰り返し擦られる事で艶を帯びた廊下を進むと小さくきしきしと音がする。
それが中まで響いたのか、捨喜太郎が声を掛ける前にお入りください と、伊次郎から声が掛かった。
「失礼します」
自身に宛がわれた客室と広間は紹介されていたが、ここは伊次郎の私室らしく案内をされなかった場所だ。手入れはされていたが古さの隠せない引き戸を開けて中を覗くと、広くない部屋が目に飛び込んでくる。
一瞬受けた印象は狭かったが、招かれて中に入るとそれが部屋の壁に沿う本棚のせいだと言う事が分かり、捨喜太郎は久し振りの本とその印刷インクの匂いにほっと心地良い物を感じた。
国内の物もあれば海外の物ある、この村で見るには似つかわしくないと思えるそれらに、余程怪訝な顔をしていたのか伊次郎が小さく苦笑の声を上げ、「とりあえずお座りください」と促してくる。
「あ の、これは……」
窓の傍に置かれた座り机の前の伊次郎に向かい合おうとするも、性分なのか視線は棚の中の本の背表紙を追いかけてしまい、捨喜太郎の気はそぞろだ。
「気になるものがあればお貸ししますよ」
「や、でも、 これは 」
そこまでお願いしてしまうのは……と思うも、捨喜太郎の目はやはり題名を追いかけている。後ろ髪を引かれる気持ちを隠せないまま、なんとか伊次郎の方に向き直るのには時間が必要だった。
「すみませんっ 分かってはいるんですが、 本を見るとつい……」
「いえ、お気持ちは良く分かります。ですが、今は榎本さんの御用事を優先しましょう」
そう言われて、自分の本来の目的を思い出した捨喜太郎ははっとなって背筋を正し、今にも苦笑しそうな伊次郎を正面から見詰める。
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