OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

文字の大きさ
上 下
473 / 801
かげらの子

33

しおりを挟む




 微かに触れた唇は水が玉を結んだ冷たい物だった。

 頭から降り続けている水が浄化したのか、その薄い唇にあの男の吐き出した精液の味は残ってはおらず、仄かに清涼感のある香りが宇賀の呼吸からふと匂う。

 薄荷?
 蓮?
 花薄荷?

 どれとも違う、上品でありながらすっきりと感じる匂いで、捨喜太郎はそれが好ましくて堪らなかった。
 叶うのならば、宇賀を腕の中に押さえて常にその呼気の中の匂いを感じていたいと思う程に、それは心を鷲掴んだ。

 触れている箇所が痺れるような熱を持つ。

 冷たい水に触れて、飛んで行く矢のようにお互いの体から熱が擦り抜けて行く。幾ら心臓が脈打って体を温めようとしても、ちっぽけな人間のする事と嘲る様に熱が霧散する。

「怖がらないでおくれ、愛しい人」

 つ と漏れた言葉は山の音がざわめくここでは場違いな程穏やかだった。

「私は貴方の、声が聞きたいのです」

 どうしてこんな言葉が出てくるのか、捨喜太郎自身が不思議だった。

「貴方の匂いを胸に納める事が出来たなら、私は思い残す事など   っ」

 パシャンっと滝の猛々しい水の音ではなく、小さな雫を弾く音が響き、追いかけるように頬を叩く振動が辺りに響く。

 その音に驚いたのか、山の全ての音が消え去ったかのように思えたけれど、それは事実ではなく、実際には一瞬も周りは止まらなかった。

「さきたろ、駄目だ」

 紫の唇が震えながら、それでも自分の名前を呼んだ事に捨喜太郎の胸がぐっと軋んだ。息が吐き出せないとか、そう言った物ではなく、至上の愛しい者が自分の名前を呼んでくれた その事が……
 鼻の奥がつきりと痛んで、熱い物がせり上がってくる。

「う が、 うがや   」

 そう名前を呼ぶと、宇賀は捨喜太郎を怯える事無くまっすぐ見詰め、紫になった唇で小さく「寒い 」と零した。



 宇賀は怯えていた訳ではなく、冷たい水を頭から被り続けて冷え切ってしまっていたようで、自分が近づいた際の震えもそれが原因だと分かった途端に捨喜太郎は幼子のようにほとほとと泣き出した。
 それを宇賀が拙く慰め、震える宇賀を温める為に捨喜太郎は膝の上に座らせて、肌を密着させる為にそろそろと細い体を抱き締める。

 宇賀の着物は水に晒されていて、当分はああでもしないと小便の臭いが取れないだろう。

 結果、寒いと震える宇賀は産まれたままの姿だった。

「   さきたろ、あったかい  」

 早く強く脈打つ心臓の上に頬を寄せ、宇賀はまだ体温の戻らない肩を不安そうに擦る。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...