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かげらの子
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しおりを挟む頭上から水が降り注ぎ、汚れていた宇賀の髪を洗い流し、その白い肌の上にさらさらと黒い筋を幾つも作る。水がかかる度にのたうつ黒髪は、白磁のようなその肌の上を懸命に上る蛇のようにも思える。
背中が岩肌につき、宇賀がはっとした顔をして振り返ると容赦ない勢いで顔に水が掛かり、咄嗟の事に身を跳ねさせては重心を崩してその場にへたり込んでしまった。
滝の水に宇賀の体が気まぐれに隠される。
「 君 」
浅い水の中を這うように宇賀の元へ寄った後、捨喜太郎は許しも貰わずにその足に触れた。
華奢でほっそりとした脚は、捨喜太郎を置いて行く勢いで山を登るようには見えず、どこかの深窓の令嬢の踝を掴んでいるのではと一瞬錯覚させるものだった。けれど、その足の裏の固さが、山で暮らしている人間なのだと物語っていて、捨喜太郎は手の中のそれが宇賀が見せた人間味のように思えて、愛おしくて……愛おしくて……容量以上に酒を注がれた器のようにその心が溢れ出すのを感じた。
何故だろう、
宇賀が愛しい、
何故?と水の床を這いながら自問自答は幾度もした。
なのに答えは毎回決まっていて……
「君が、 欲しい 」
その言葉に宇賀は怯えて縮こまり、拳を胸に中てて身を守る姿勢を取った。けれど掴まれた足は取り戻す事が出来ず、それを泣きそうな顔で見ては、困ったような泣きそうなような顔をして、訴えるように捨喜太郎を見る。それはまるで捨喜太郎が今にも、あの男達と同じ事をすると言いたげで……
それを見て捨喜太郎は冷水に浸かっても尚冷めなかった頭の熱が霧散するのを感じた。
「 ──── ゃ、怖がらないでくれ 」
そうは言っても腕の中の足はがたがたと小刻みに震えて、顔色も血の気が失せているようだ。
「あ あんな事をする気は毛頭ない!誓ってもいい! ……何に と、言われても 」
捨喜太郎自身、神仏の有無を語る事が出来る程傾倒はしておらず、咄嗟にその言葉が出たのに自分自身で驚いていた。
「さ 先神、で、 先神に、誓って、……誓うから」
「 っ」
あれ程鏡のようだと思っていた瞳に捨喜太郎の顔が映る。
覇気のなさそうな、朴訥とした気弱そうな男が自分自身を見つめ返しており、けれど、それが段々と大きく映って……
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