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かげらの子
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しおりを挟む下手に藪を突いてこの生活を失うのを恐れた兄御や他の家来衆が、ここを出ると言う家来の言葉に猛反対し、様々な策で男を閉じ込めようとしたが叶わず、けれど諦めない男の意を汲んだ弟御は神の力を借りて男を山の隙間より逃がした。
平穏に縋る皆が弟御を捉え責め立てると、
「 あの方は帰ってきます、私はこの村にてあの方のお帰りを待ちましょう。あの方は帰ってきます、私が待つ限り」
そう言って笑い、弟御はその後一人の赤ん坊を産み落として亡くなった――
残された兄の血統が崎上なのだ と、伊次郎は自身の家系を語るにはやけにあっさりとした口調で語った。
何の感慨も、感情も、何もない平坦な声音だったのが印象に残っている。
「……その弟は、『おめが』だったのですね」
「ええ、この話を聞いてそこを知らないと皆さん面白い表情になりますよ」
「そりゃ……まぁ、ところで、その、弟の産み落とした子供は……」
ざわりと、心のどこかで答えが分かっていたのに尋ねてしまった。
「……宇賀の血筋を辿れば、行き着きます」
感情の籠らない目で村を見下ろした後、伊次郎は肩を竦める。
「そう言われています」
「……」
「恋人を逃す際に手を借りた神が先神様です、どう手助けしたのか、引き換えに何を捧げたのか、――――それが本当の事なのか、私には分かりかねますが、当時、祈ってどうにかしてくれる存在がいたようですね」
神秘の話をしているはずなのに伊次郎の態度は淡々とし過ぎていて、思い入れの欠片もないようにしか見えず、捨喜太郎は心の引っ掛かりを問い掛けようとしたが失敗した。
「冷たい水でも如何ですか」
初めて伊次郎に会った時のように、気配を感じさせずに近くまで寄っていた留夫に声を掛けられて、思わずあっと声を上げて手の中の手帳を落としてしまった。草の合間に零れ落ちたそれを目で追いながら、自分を驚かせた留夫にへらりとした笑顔を向ける。
留夫は二本の竹筒を顔の高さに上げると、もう一度問いかけるように首を傾げた。
「い、ただきます」
その前に手帳を拾ってしまいたかったが、掌にしっとりと馴染む濡れた感触に抗いきれずにそちらを優先させた。
竹の微かな風味と共に、川で冷やしていたのか驚く程冷たく感じる水がたっぷりと入っている。
この暑い最中にここまで冷えた水が飲めるのは贅沢だ と、捨喜太郎は思いの外渇いていた喉を潤しながら思う。
「手帳も拾っておきますね」
そう言うと留夫は軽い身のこなしで坂道を下り、草叢の中に落ちた捨喜太郎の手帳を拾い上げてぱたりぱたりと土埃を払った。
「 ────では失礼します」
二人にお辞儀をして留夫は油を売るでもなく、村人の手伝いの為にさっさと歩いて行く。
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