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かげらの子
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しおりを挟む田の作業をしている者も、それ以外の農作業をしている者も、大人ではないが子供と言ってしまうには苦しい年齢の者達だ。
若い夫婦がいない と言うのが一番しっくりくるのかもしれないと捨喜太郎は納得して、顎に手をやって目を細めた。
捨喜太郎の住む辺りでは、よくどこぞの地方から出てきたと言う話を聞いた。そこに居ても先細るだけだからと、まだ若く動ける内に田舎から出てきて町で生活して行くのだ……と。
外の国からの技術も増えた、国内での生活も随分と様変わりして、明らかにこの村のような場所は住みにくくなっているのだろう。
「……そう言う事なのか?」
「何かお考えですか?」
「あっ崎上さん」
声を掛けられるまで気配に気付かず、捨喜太郎は手元の手帳でぱしんと掌を叩いて見せた。
「その、田植えが終わりましたら、なんとも寂しい感じがしまして」
「子がいませんからね」
やんわりと遠回しに言おうとした努力をばっさりと断ち切られ、次の言葉を探しあぐねてまた掌を手帳で叩く。
「この村の、ほとんどが崎上です、勿論、それ以外の名も少数いますが」
「はい」
この村で崎上ではないのは三件だけだった。それも妻が元は崎上姓だったと聞く。そうすれば、この村は全て崎上の血統の人間だけになる。
「閉鎖的な空間で、繰り返される血族婚の結果なのか、神への信心が足りないからか。この村にここ数年子供は生まれてはいません。例え生まれたとしても……」
口ごもるような語尾と冷薄だと思っていた双眸に宿る憐憫は……
「……その子らは、葦の舟に乗せるしかありませんでした」
伊次郎は、その理由を知っていながらあえて信心が足りないと付け加えたのだろう。
カコカコ コトコト と雀を追い払う音が物悲しく聞こえて、一見すると長閑でどこにでもあるような田舎の風景なのに、その先は確実に閉ざされているのだと分かると、寂寥感に押し潰されてしまいそうになり、捨喜太郎は手帳を持つ手にぐっと力を込めて、平和な村全体を記憶に留めようと意識を向けた。
「きっと、私の代でこの村は消えるでしょう」
「そんな 事は……」
「ですので、先神様の事だけでなく、この村の事も書き残して頂けると有難いと思っています」
是 と答えると、この村がもう瀕死なのだと肯定してしまうようで。だからと言って否と言ってしまうと人の頼みを無下にしているようで、どちらを答えても息の苦しいものだった。
「 先神様をお祀りしてある社があると伺ったのですが……」
「ああ、先神様のお社は、あの山向こうの斜面にあります、ここからでは見る事は叶いませんね」
「見せて頂く事は……」
「それは構わないのですが、ただ行くには蛇の居る山の中を通らねばならないので……」
歯切れの悪い言葉はお勧めできる事ではない と言う意味を含んでおり、幾度も聞いた「この村の外は蛇が出る」と言う言葉を思い出す。
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