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かげらの子
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しおりを挟む「あ、いえ、見落としたんでしょう。見当たらなくて」
「どんな姿を?」
「綺麗な黒い洗い髪で、 目が、目の美しい」
特徴を言おうとしてはっと口に手を当てる。
これでは懸想している男が女性を探そうとしているようだ と思い至ったからだ。
「…………そうですか」
伊次郎は捨喜太郎の赤くなっている顔など意にも介さず、
「では明日引き合わせましょう」
そう告げてさっさと広間から出て行ってしまった。
山の幸に埋め尽くされた膳を見、驚いて顔を上げると伊次郎は僅かに眉を八の字にして「お口に合えば幸いですが」と返す。
「いえ、すみません、凄く豪華なもので……」
「驚きました」の言葉は口から出すのを寸でで堪える事が出来た為に、相手に聞こえなかったかもしれない。
辺鄙な山の中の事なので、食事内容に期待していなかったと言えば嘘になる、捨喜太郎は勝手な思い込みを恥じて俯き、豊かな膳に視線を落とす。
「たまたまです、いつもはもっと質素ですよ。榎本さんがいらっしゃるので、村人が何かしら持ち寄ってくれたのです」
そう言うと伊次郎は手を合わせて「いただきます」と声に出す。捨喜太郎もそれに倣ってから、見た事のない葉のひたしを摘まみ上げた。
「 色気のない男所帯ですが、留夫が何くれと世話焼きでして、まめにまめにするのでご不便はないとは思いますが、何か男の考えの及ばぬ不便がありましたら村の女にでも告げてください」
男の考えの及ばぬ……ではなく、男しか考えつかない事なのだろうと、自嘲気味な笑いが飛び出しそうで捨喜太郎はその言葉を封じ込める為に急いで味噌汁を啜った。
この村長は、村の女に夜伽をさせる と、そう暗に言ったのだ。
夜這い の習慣があるとは聞いた事がなかったが、こんな場所の村の細かな習慣をわざわざ取り立てるのもおかしな話かと、神妙な面持ちで頷き返す。
「いや、下世話な話でしたか?」
「…………」
心の中を見透かされたような気がして、捨喜太郎は言葉を探す為に箸を下ろした。
先程まで咀嚼していた葉の味が思い出せない程、伊次郎に見据えられて居心地が悪い。
「あ の、 」
「何か?」
感情の移ろいを読み取りにくい伊次郎の内心が読めず、また元々そう言った事に機微ではない捨喜太郎は困り果てて、調査が終わるまで唯々諾々でいようと決めていた心をあっさりと折り、もうこの際だ……と思い切って口を開いた。
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