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かげらの子
11
しおりを挟む初めての場所で一人取り残されて、見知らぬ家に座っている居心地の悪さから何度も座り直してみるも、遠くから聞こえてくる音ばかりで辺りは静まり返っている。
梅雨の頃とは言え日差しのきつさに、手で影を作りながら空を見上げた。
そう言えば と、道祖神の辺りで見かけたあの子はどうしたのだろうかと捨喜太郎は人もいないのに辺りを見渡す。
田も他の家もこの家より下にあるせいか、目の前にあるのはうんざりする程の広さの山の隙間だけだ。
「 ────榎本様」
水を手に入れた留夫から声を掛けられるのは分かっていたはずなのに何故だか大袈裟に飛び跳ねてしまい、捨喜太郎は気まずげにそちらに振り返る。桶に水を入れた留夫と、それから……とその後ろに視線を動かす。
田舎の山にいるには似つかわしくないような神経質そうな顔立ちに、それに相応しい細身の体躯だった。
血色は悪くないのに肉が薄いせいか頬がこけているように見えて、捨喜太郎は好意を示す笑顔を作りそびれて唇を引き結んだ。
「水でございます、少し足を冷やしましょう。ここにお入れ下さい」
「あ、 ああ」
足元にさっと桶を置く留夫に説明を求めて視線を送ると、人懐こい顔の眉をひょっこりと上げて傍らに立つ人物を示す。
「崎上伊次郎様です、この村の取り纏め……当代の村長でございます」
「お手紙を頂いた榎本さんですね」
硬質な岩を叩いた音に似ている声は掠れるようで非常に聞き取りにくく、捨喜太郎は思わず耳を傾けるように体を傾がせた。
「この度は、私の願いを聞き届けてくださり誠にありがとうございます。きちんと立って謝辞を言わねばなりませんのに、申し訳なく……」
「いえ、ここはそんな堅苦しい場所ではないですよ、お気になさらず」
そう言うと、伊次郎は見た目の人を警戒しそうな神経質そうな風からは思いもしない程近い距離に腰を降ろし、「こんな山で礼儀なんて誰も気にしません」と自嘲気味に零した。
まさか隣に座ってくるとは思っておらず、突然の事に驚いた捨喜太郎が飛び上がると、それに合わせるように桶の表面が揺れて水が散る。
「ここまでの道も、道と言えないようなものだったでしょう」
それはからかいを含んだ問いかけと言うよりも、同意されると分かっていての言葉だった。
「この時代に、こんな斜面ばかりの道も碌に作られていない場所なんですから」
初っ端から明け透けな、この村をいい場所とは言わない村長に、捨喜太郎は「はは 」と呻くような笑いで相槌を打つしかない。自分自身も、ここに来る途中で何度も悪路に悪態を吐いたからだ。勿論、その足の原因でもあるので、弁明も弁解も言う気は起こらない。
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