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かげらの子
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しおりを挟むしずるはせっかく迎える事のできた二人きりの時間に後ろ髪を引かれつつ、白衣を掴んで立ち上がる。そうすると色素の薄い青い瞳が恨めし気にしずるを睨んで……ふいと逸らされた。
「ごめんって、すぐに終わらせて帰ってくるから」
頬をぷうと膨らませて精一杯の怒りを表現しているのだろうけれど、それが愛らしくてしずるの鼻の下が情けなく伸び、どうにも締まりのない顔になる。人が見たら指をさして笑われそうな程間の抜けた顔で、雪虫のぷっくりと膨らんだほっぺたをちょんちょんと突っついた。
信じられないくらい柔らかな頬が、しずるの指のリズムに合わせて、ぷしゅ ぷしゅ と空気を逃がして萎んで行く。
すべてをかなぐり捨てても守りたいと思わせるけれど、それでも生活の為の金を稼ぐには上司が緊急だと言って呼べば行かなくてはならず……
「ごめんな」と繰り返して後ろ髪を引かれながら廊下へと歩みを進める。
「あ れ?行き止まりか」
この研究所の作り自体は非常に複雑で、道を覚えたと思った端から構造が変わってしまうせいか、記憶力の良いしずるでも迷うことは多い。急いで瀬能の部屋へ来るようにと連絡を貰ったので最短ルートで……と思っていたのに、昨日まで通れたはずの場所が通れずに蹈鞴を踏んだ。
次の最短ルートを探すために頭の中の地図を辿ってしばし考えこんだ後、仕方なく反対方向に足を向ける。
繰り返される増築と改装、この複雑怪奇な構造について瀬能は「もしもの時のため」とぼやかした言い方だけをした。
もう少し突っ込んで聞くことも出来ただろうが、なんとなくの雰囲気を察してそれ以上聞くことが出来ず、日々黙って迷う羽目になっている。
「 ──── だから、手違いで 」
ぐるりと迂回する羽目になったせいか、受付の近くまで来てしまったらしい。
いつもは静まり返っている受付の騒がしさに、ふと気になってしずるはそちらに足を向けた。
「だから、返して欲しくて 」
カツリ と音を立てたせいで気づかれたのか、声を荒げていた人物の肩が揺れ、艶のある黒髪をかき上げながらこちらを振り返る。
線の細い顔が向きかけた瞬間に感じた動揺を隠そうとして、しずるは口元を引き結んで軽く会釈して見せた。一拍を置いて、彼は再び受付の方へと向き直り、先程と同じように「間違いだったんです 」と言葉を続けた。
それを確認してから、そっとその後ろを通って瀬能の部屋へと向かって足を動かす。
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