297 / 801
青い正しい夢を見る
45
しおりを挟む吹く風の冷たさに、薄いコートをぎゅっと握り締めて屋敷を後にする。
今回は、なぜだか……
いや、多分、今回も、この腹は空っぽな気がしていた。
医者の表情を見て、なぜだか安堵と共にぶるりと鳥肌が立った。
「今回も、残念ながら 」
ほっとして、浮足立つような、ふわふわとした感覚に息を飲む。
「パートナーの方も来てくれれば、もうちょっと違うアプローチも……」
「先生」
医者の言葉を遮った僕に、きょとんとした顔をしてから「どうぞ」と促してくれた。
漠然と、簡単に聞いてはいけないような気がして「やっぱりいいです」と言いそうになったけれど、治まりきってくれない鳥肌に促されるように、小さな声で尋ねかける。
「 パイプカット って、なんですか?」
思ってもいなかった言葉だったのか、ぱちぱちと何度か瞬きをした後にはっとした表情をした。こちらへと前のめりになった医者の様子に怯んだけれど、それと同時に妙な高揚感のお陰で避ける事はなかった。
「だれ、が?」
その表情を見れば、僕が言う前に答えを知っているのが分かる。
「 それをすれば、子供ってできないんですね?」
あ う と漏れた言葉に答えを聞いた気がして、なぜだか思っていたよりも冷静に「ありがとうございます」と礼を言う事が出来た。
「や 待って、再吻合手術と言う手もあるし 」
「いえ あの、 」
緩く首を振る僕に医者は掛ける言葉を見つける事が出来なかったのか、項垂れるようにして背もたれに体重を預けて溜め息を吐く。
退席しようと思うのに、項垂れてしまった医者を置いて出て行くのは気が引けて、何か言葉を探すも先程の医者と同じように何も見つける事が出来なかった。
「 これを 」
そう言うと医者はボールペンでメモに何かを書いて手渡してくる。
白い、どこかの製薬会社の名前の書かれたメモ用紙には、どこかの番号が書かれていた。
「君が望むなら、保護してくれる人の電話番号だ」
「 」
「ああ、ホント、ちゃんと保護してくれるから、僕が保証するよ」
この数年、親身に僕を診てくれるこの医者を疑う気持ちは毛頭ない。
けれど、
僕が正美さんに蔑ろにされて、どうしようもない孤独感と寂寥感に潰れそうなのを救ってくれた野村さんを…ぽつんと寄る辺なく生きるしかなかった僕に寄り添ってくれた彼女を……
どうしても置いて行く気にはなれなかった。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる