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青い正しい夢を見る
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しおりを挟む伊藤くんは有名だったから、僕は知っていた。
運動も出来て、勉強もできて、格好良くて、皆を引っ張って行けるリーダーで、でもちょっと失敗したりする時もあって、それが完璧な彼から取っ付き難さを遠ざけていて……
そして彼は、いつも爽やかな海のようないい香りがしていた。
ふ と目が覚めて、障子の方へ視線を遣る。
冷たく水の底のようだと思った昏い青さは目覚めの合図だ。
「 今日も、見れた」
膝を引き寄せて微かな夢の名残を惜しむように目を閉じると、気分の塞ぎ込む日の朝でも仄かな温もりが胸に満ちる気がして、幸せな思いに浸れる。
あれから 何度見ただろうか?
もう何年も前に過ぎ去った懐かしい夢を。
夢の中の彼は大人になりかけの幼さを残したまま成長する事はないけれど、それでもこちらに向けてくれる笑顔が色褪せる事はなくて、それを見れただけで今日も生きていけそうな気がする。
発情期の度に抱かれるのに妊娠する事のない僕は、ただの穀潰しで、子供を産む為のΩが妊娠もできない と言う事は、最低限の価値もないと言う事だ。
大旦那様の介護をしているからここに置いて貰えていたけれど、僕は……本当にここには要らない人間なんだろう。
この家の子供を産む と言う存在意義を果たせないまま、生き方の分からなくなった僕は幽霊のようだった。
けれど夜毎見る夢が僕を励ましてくれるから、僕はまだ人間でいられるのかもしれない。
いつもの通りの検査を受けて、今日はなんだか疲れているように見える医者の前に座った。
「顔色は……いいね、周期的にヒートの前だけど気が落ち込んだり苛ついたりは?」
「ないです」
「 今回も妊娠を目標に で、いいのかな?」
「 ええ」
そう返すものの視線は膝の上で組んだ指の方へと彷徨う。
正直、僕にはもうそれに意味があるのか分からない。
奥様達は妊娠しない僕に苛ついているし、正美さんは僕の事を良く思っていないだろう、僕は僕で……この事に何の意味があるのか見出せなくて……
ぎゅっと指が白くなるまで握り込んだ指を見て、医者が溜め息を吐いた。
「 前に一度話したけど、今度つかたる市にオメガの保護施設が出来るんだよ」
「はい 聞いています 」
冷遇されるΩの処遇改善に世間が動き出しているのは話には聞いていたし、寄る辺ないΩの為の施設が作られるのだとは教えられていた。
でもそれは、遠くに聞く竜宮城のような存在だ。
「君が、 」
「大丈夫です」
そう医者の話を遮ると、酷く悲しそうな顔で肩を落としてしまう。
申し訳ないし、正しい答えが何か なのも分かっているけれど……
万が一に、僕はもしかしたら行けるかもしれないけれど、Ωではない野村さんは行けない。僕が逃げる事が出来たとして、残された野村さんがどうなるかなんて想像は容易過ぎて、可能性を考えただけでぐっと言葉が詰まってしまう。
身動きの取れない苦しさに体が震え出してしまいそうで、ぐっと拳を作ってそれを堪えようとした。
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