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ひざまずかせてキス
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しおりを挟む川沿いのマンションの駐車場へと入り、エントランスを過ぎてオートロックをロックを開ける。
全ての明かりがつけられてはいたが、流石に時間が時間だからか人気は一切ない。念の為に一度振り返ってはみるが……
こちらが明るいせいか暗い外がぽっかりと開いた口の様に見えて、落ち着かない怖さを見せてくる。
そこから誰か来やしないかと数秒待ってから、中へと進んで右手に折れた。
「…………」
角に置かれた観葉植物の影に入ってしまうとガラス張りのオートロックの向こうからはこちらが見えないのを知っていた。
葉の隙間から振り返って……小さく聞こえる足音に自然と眉間に皺が寄るのを感じる。
こつりこつりと響いていた足音は、ガラス扉の前で止まってこちら側に来る気配がない。
人の気配のないマンションのエントランスはやけに音が響いて……
扉の前でしばらく彷徨っていた足音が遠のいたのを聞いて、エレベーターではなく外階段に繋がる扉を開けて外に出た。
先程まではそんな事を気にもしなかったのに、やけに肌寒く思えて自分の体をぎゅっと抱き締め、マンション前を見渡せる階まで歩みを進めて行く。
暗いとは言え街中は街灯も多く、マンションの前はマンション自身の明かりで目視が十分できる程に明るい。逆にこちらは暗く沈んで、見ているなんて気づかれないだろう。
マンション前の街路樹の傍に停められた黄緑色は暗くてもよく目立つ。
それを見てから携帯電話を取り出し、部屋の電気をつけるように操作をすると、目立つ黄緑色の傍に立つ人影が上を見て揺れて、やがてその黄緑色の物に乗って立ち去った。
「 馬鹿が」
小さく呟いた声が風の音に紛れて、呟いた自分自身の耳にも届くことはなかった。
つかたる市にいる間に、今までなんとなく後回しにしてしまっていた書類を片付けてしまい、正直手持無沙汰だ。
大神からは時折思い出したかのように指示の為の連絡が入るがそれだけで、それもいつもよりも遥かに短い物で必要最低限だった。
「 何をされているんだろうか……」
今日届いた指示書きに思わずそう言葉が漏れる。
大場組 じゃない、大場商会の羽田絡みだとは思うが、あかのあのやり取りには大神が探していた人間がかかわっている可能性もある。そうなると安全とは程遠くなるだろう。
盾にすらなれない自分の身が情けなくて……
大神からの連絡を待ちわびて手の中で携帯電話を弄んだ。
「 ────っ⁉」
タイミングよく手の中で鳴り出した携帯電話の画面を見ると、「相良」とだけ見えて体が跳ねた。
首を噛まれたあの日以来だから……何日たったのか……
電話に出るのに、ずいぶんと迷ったと思う。
「 はい」
「会いたくなったんだけど!俺休みだから、今すぐ部屋に来いよ!」
出るのに迷った事など知らない声が、元気に鼓膜を震わせた。
「無理だ」
「そんなはっきり……データがまだ俺のとこにあるって覚えてるのか?」
「つかたる市にいるから物理的に無理だ」
きっぱりとそう言ってやると、電話の向こうで「え⁉」と素っ頓狂な声が上がったのが分かる。
「 あっ え……まだそっちいるの?じゃあ無理だな。えっと 会える日、ある?予定……立たない?ん しょうがねぇな。え や、ちゃんと飯食ってるかちょっと顔見たかっただけだから」
尻すぼみになった声は電話を掛けてきた時の声とは正反対で、副音声に犬の惨めったらしいきゅんきゅん鳴く音が聞こえたような気がした。
「長くはいられない。それでいいなら、こちらから行こう」
「マジで⁉」
通話の音が乱れて、多分だけれど相良が携帯電話を放り投げたか何かしたんじゃないかと推測が出来た。
「じゃあ!俺!唐揚げ作っておく!ナオちゃん好きだろ?」
そう一方的に言うと切れてしまって……よく食べるが好物と言う程ではないと言いそびれた後味の悪さに、軽く肩を落とした。
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