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ひざまずかせてキス
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しおりを挟む浴室に入って、部屋の方に視線を遣る。距離がありすぎるせいか、すりガラス越しでは相良がじっとしているのか動いているのかの確認はできなくて、じっと息を潜めてみたが物音は聞こえない。
大人しく、しているのか?
そう疑いながらもシャワーを手に取った。
ナカに出されていた物を洗い終えるまでに一度、きつい吐き気に襲われて堪らず吐いてしまった。脇腹が自分の意志とは関係なく動いて、喉が奇妙な音を立てた。
風呂場だからか、すぐに流せるのが幸いだ。
けれどうしても出てしまった声を相良に聞かれてしまったらしく、すりガラスこ向こうに姿が現れる。
「 ────大丈夫か?」
「ああ。もう出る」
口の中の酸っぱさを濯いてから出ると、ニコニコと笑顔の相良がバスタオルを広げて待ち構えていた。
「大人しく待ってろって言った」
「大人しいよ?」
こちらが向かって行かないのを察したのか、相良がオレの方へと歩いてきて、大きなバスタオルで体を包み込んできた。
ふかふかとしていて、相良の体温を少し移したタオルは温かくて、嘔吐とシャワーで冷えた体にじんわりと染みるようだった。
大きな手が、体を拭いて行く。
顔を、頭を、胸を……
自分を脅している人間にこんな事をさせるなんて正気じゃないとは思うも、いつも世話を焼く方なせいか新鮮な感じがして押し退ける事が出来ないままで……
「次は~背中~ これ、傷?」
「なんだ?」
擦るのではなく、押さえるようにして水分を拭いた後、相良はそこに遠慮がちに指を置いた。
背中のそこに、心当たりがある。
「刺青の線を消した痕だ」
「やめちゃった?痛かった?」
「いや、大神さんに止められた。綺麗なままにしとくようにって」
ヤクザがそうする物だと思い込んでいたと言うせいもあったけれど、オレ自身に大神の配下であると言う証が欲しかっただけで、大神に気付かれなければどんなに痛くとも最後まで耐えて完成させていた。
お前をこちら側に来させる気はない と、言われた言葉はオレには拒絶に聞こえて、ずいぶん落ち込んで……今も少し引き摺っている。
「 」
「どうした?」
「何を彫ろうとしてたんだ?」
傷跡はやはり皮膚が薄いのか、もう何年も経つと言うのにそこだけやけに敏感に感触を拾ってしまうようで、相良が撫でる指先の熱さに気付いてしまった。
その熱を煽ってやればどうなるだろうか……と、一瞬の魔が差した。
「 オオカミの、絵だ」
見開かれた両目と、一拍置いて固く結ばれた唇は拗ねた子供の顔だった。ただしその気迫だけは十分に大人の物で、こちらが気圧されるんじゃないかと思えるほどの怒気が含まれている。
「 こんな キレイな背中なのに 」
背後でぎりっと歯を噛み締める音が聞こえたと思った直後、油断していた為か力いっぱい壁に突き飛ばされてしまった。
額が壁と当たって鈍い音を出し、そのせいで一瞬視界が暗転した ───が、次の衝撃でチカチカと暗い視界に光が散る。
「ぃっ !」
項のその衝撃に息が詰まり、どっと心臓が跳ねた。
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