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ひざまずかせてキス
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しおりを挟むその後、そことどんなやり取りがされたのかは教えては貰えなかったが、オレは数年ぶりに日の光の下を歩く事ができたし、「犬の餌」の当番にされた。
濡れない穴を解して受け入れる事が出来るようにする苦痛も、罵られる事に耐える忍耐も、排泄物を掛けられて笑われる事も、叩かれる事も存在を脅かされる事もない生活を、その時から手に入れる事が出来た。
『こいつに三食しっかり飯を食わせろ』
『や。黒犬 だよ』
なるほど、確かに犬の餌の為だ。
酷く血色の悪い子犬……と言った感じだった。
『お前は自分でベータだと分かっていたな?』
『…………オレと、周りと、見える匂いが違ったから』
『見 ?』
『オレは、ご主人様達と同じ匂いだったから。たぶん って』
『よく耐えたな』
『逃げ出したら、処分されるから』
抑揚なくそう返すオレに、大神は微かに困ったような顔をして見せ、黒犬はぎゅっと抱き着いてきた。
懐かしい、話だ。
「 ──── 直江」
「はい」
呼ばれて振り返ると、厳めしい顔がじっとこちらを見下ろしている。
昔よりは表情が読みにくくなったのは、大神が隠すのがうまくなったからだ。
「どうしました?」
「 いや」
そうは言うも何事か考え込んでいるようだ。
初めて会った時よりは幾分年を取ったと言うか、大人になったと言う風に風貌の変わった大神を見上げる。
この人に見つけてもらわなければ、オレはどうなっていたんだろう?
死ぬまでαと誤魔化し続けてあそこで欲望の処理の為に消費されていたんだろうか?
未だにあの時の生活を思い出させる物は苦手だが、それでも幸せに生きる事が出来ていると思う。
トイレに行くと言う大神の前でひざまずいて、口を開けたのは今ではもう笑い話にしていいだろう。
「 つかたるに行く事になった」
「はい。 と、言う事は、すがるが戻って?」
「ああ。間違いないだろう」
すがるは情報収集担当だ。
ある情報を探る為に、ある組織に随分と長い期間潜り込んでいた。
「少し、進みそうですね」
「だといいがな」
ふぅ と大神が紫煙を吐き出すと、キツい匂いが鼻の先を掠めた。
「つかたるで、お前は待機だ」
「 ────は?」
下されたそれに唯々諾々と従うのがオレの役割のはずだったけれど、流石に声を上げてしまった。
「あのっ え?」
「お前が気になると言っていた別件を担当させる」
「しかしっ……弾避けくらいには……」
それくらいはできると自負しているし、それでどうにかなるなら惜しくはない。
「このご時世。弾なんぞ飛んでくるか」
馬鹿馬鹿しいと言う顔をして大神は何枚かの書類を投げて寄越した。
「決定事項だ」
大神に拾われてから、オレは彼の手足であり道具であろうと決めた。頭の決定に、その末端が背くことなんてありえない。
あってはならない事だ。
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