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ひざまずかせてキス
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しおりを挟む「『すがる』は、食べさせて、くれない んだ」
ソファーに座って足をパタパタと揺らし、黒犬は待ちきれないのかそわそわと体を揺すっている。
「塩分、高いっ て」
「健康でいいじゃないか」
「精神衛生の 問題」
そう言って黒犬はちらちらと入り口の方を見る。
すがるがそこまで世話を焼いていて、どうしてこの血色なんだろうと不思議に思わなくもないが、詮索したところでまともな返事が返ってくるとは思えなかった。
仕方なく、疑問は疑問のまま仕事の続きへと向かう。
大神は休むようにと言っていたが、この携帯電話のせいでじっとはしていられなかった。
とは言え、黒犬がすべて消したと言うのだから安心するべきだ。
あの日の事は犬にでも噛まれたと思って、忘れるに限る。このビルも使う意味をなさなくなったのだし、その内適当な時期に売り払うだろう。
そうすれば、すべてなかった事になる……
「ちわーっす、ラーメンの配達に来ましたー」
扉がドンドンと鳴らされる音と共に聞こえてきた声に、現実に引き戻されてどっと汗が噴き出した。
「この 声 」
はっとデスクから立ち上がると、黒犬が怪訝な顔をしてから扉の方へと向かっている最中だった。
「直江。お金」
「あ ああ」
オレがそっちに向かう前に、黒犬が開けた扉からおかもちを持った男がするりと部屋の中へと入り、白い歯をこちらに見せて笑った。
「まいど」
小さな悲鳴は何とか飲み込んだ。
何しに来たと言ってやりたかったが、呼び込んだのはオレだ。
「ラーメンは こっちに」
「はいはいっと。んで、これが 」
黒犬の指差した先に零れそうなほどトッピングを乗せたラーメンを置き、相良はオレのいるデスクにヘラヘラと笑いながらやってきた。
「伝票でっす」
ただの白いメモにはラーメン(全)と値段が書かれていた。
問題は、それと重なるようにして出された写真だ……
「 釣りはいらない 」
「ありがとーございます!」
震えで上手く動かない指先から札を取り、代わりに写真をねじ込んで、相良は憎らしいほど清々しい笑顔を見せた。
「んじゃあ器は出しといてくださいねー」
「わかった」
すでに食べ始めている黒犬にそう言うと、ちらりとオレの方に視線をやってから相良はさっさと帰って行く。
手の中で潰れた写真に写る自分の顔に、どうしようもない吐き気がした。
「 黒犬。データは確かに消したんだな?」
「消した。ただ、消す前に、独立した 記憶媒体に 移ってると……」
ちゅるんと麺を吸い込み、黒犬は怪訝な顔だ。
「そうなると、すがる の 分野」
「 そうか」
親しい黒犬にこっそりと頼むくらいならばオレだけの話で済むが、密偵業務のすがるまで動かすとなるとそれはさすがに大神に報告しなければならないだろう。
……したところで、大神が気にしないのは分かっている。
些事だから。
けれど……
だからこそ、
「直江?どうした?」
「 何でもない」
半熟の煮卵をどう食べようかと四苦八苦している黒犬にそう返し、灰皿の上に写真を乗せて火をつけた。
些細な事で……大神に失望されたくない……
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