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狼の枷
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しおりを挟む顔の筋肉が緊張しているのを見て取り、殴られるかもしれないと大神は衝撃を受けるために体を強張らせる。
「あの煙草は、反応を見るためだけに使うように言い聞かせていたと思うのだけれど」
「 はい」
「どうしてすぐにもう一本を使わなかったのかな」
疑問形ではない。
苛つきの混じった吐き捨てるような言葉に、瀬能の怒りが素直に現れているようだった。
「君がこんな事をするとは思っていなかったよ」
「そう ですね 」
「オメガが弱いのを、分かっていなかったかな」
Ωの人口はαの半数、けれど出生率だけで言うなら数値上はほぼ同じくらいだ。
Ωは弱い、肉体的にも、そして精神的にも。
「 いえ」
「君を殴ってやりたくなったのは久しぶりだよ」
構わない……と返したところで、瀬能が納得しないのはわかっている。
大神は瀬能にソファーを勧めて、自分は飴色のデスクに腰掛けた。
「彼女は、何者ですか?」
「うちで保護した子だよ。面白い子だろ?」
好意を寄せられて敵意を返せる人間は少ない。
外見や纏う雰囲気もあるのだろう、するりとパーソナルスペースに入り込むのに長けたうたは、今のあかに対するには適任だった。
「それに君がやきもきしなくていいだろ?」
「 」
「ラットを起こしたって?」
情報源は分かっている。
何でもかんでも喋りすぎだと、一度釘を刺しておくべきかと大神は眉を顰めた。
「薬が剥がれました」
「ああ、あの『運命をぶっ壊す薬』?」
瀬能のネーミングセンスだけは理解することはないだろうと、小さく溜め息を吐いてから煙草を手に取った。
「ただの、言い訳です」
「アフターピルが要るって言うから何事かと思えば」
苦々しい口調は責め立てるよりもじわりと効く毒のように染み込んでくる。
大神は火をつけようとした手を下ろし、小さく呻いた。
「お騒がせします」
「君は、そろそろ認めるべきだと思うよ」
「 自分は、ベータですから」
眇められた目から逃げるように、大神は煙草に火をつけて煙を吐き出す。
「飲んで、貼って、吸って、それでもラットを起こしたって?」
外見に反して几帳面なこの男が薬を飲み忘れるとは思えなかった。
「剥がれたからってすぐに効果が切れるもんじゃないよ」
「 」
指先で煙草を弄んで、緩く否定するように首を振るが、瀬能の声は揶揄うような笑いを含んでいた。
ことん と音がして、直江に案内されてうたが顔を見せた。
相変わらず、はっと人の視線を奪う雰囲気の子だと、大神は見下ろしながら思う。
「あかは眠りました」
「ありがとう、君を連れてきて正解だったよ」
伏せられた切れ長な目がゆっくり動き、大神を正面に捉えて見据える。整ってはいると言っても、その雰囲気は常人のそれとは違うものを纏う大神を、臆することなく睨み上げ、次の瞬間乾いた音を響かせた。
────パァン!
頬を叩いたのだと周りが唖然とする中、二度目の音が響く。
「ふざけんなよ!このヤクザ!そんなにお前らが偉いか!人にナニしてもいいと思ってんのかっ!」
流石に三度目は直江が止めに入り、うたは睨むことしかできなかった。
「すみません、止めるのが遅くなりました」
「 いや」
どんなに全力で叩こうとも、所詮少女の平手が大神に与えるダメージはあってないようなものだ。むしろ全力で叩いたうたの方を心配するべきなのかもしれないと、押さえられた右手を見やる。
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