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花はいっぱい
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しおりを挟む黒縁眼鏡の奥の瞳が優しくオレを見てくれて、発情期は終わったはずなのにじりじりと頸が熱くなる。
「その節はお世話になりました。お礼が遅くなってしまって申し訳ないです、ほら お礼言って!」
「あの時は ありがとうございました」
促されてお礼を言うと、自分が小さな子供のようで恥ずかしかった。
「何事もなくてよかったよ」
「急なヒートで……薬も飲んでたんですけど」
発情期の前だと言うのに出歩いて、軽率だと怒られるだろうと項垂れた。
自分が悪いのはよくわかっているけれど、忠尚に冷たく言われるのはなんだか覚悟が必要で……ぐっと目を閉じて返事を待った。
「人の体って、そううまくいくことばかりじゃないから。自衛を頑張ってくれてたから、何事もなかったんだよ?」
「え 」
「須玖里さんがきちんと条例を守って、鍵のある部屋を用意してくださってたからですよ」
「いえ、義務なので 突然のヒートなのにしっかり対処できてて、親御さんがきちんとされているんだとわかりました」
そう言って忠尚は柔らかく笑い、母と大人の会話を始めてしまって……
手持ち無沙汰なオレはちらちらと顔を盗み見るしかない。
髭 が、少し濃いのかな?
眼鏡は意外と分厚くて、
一重で、
オレを部屋に押し込んだ時はすごく力が強く思えたけど、マッチョって言うよりは細マッチョ?
って、あの時忠尚に抱きついたんじゃなかったかな……
「 薫くん?顔赤いけど、まだ具合が?」
「だっ大丈夫です、コレは違うんで……っ」
心配な顔をした忠尚がオレを覗き込んで、微かに唇が動いた。
『僕のこと思い出してた?』
「 っっ!」
出るのなら顔から湯気が出ていたかもしれない。
恥ずかしくて、居た堪れなくて母の背中に回り込んだ。
「あっこら!小さい子みたいに!」
「ごめ 、でもそろそろ病院行かなきゃ」
腕時計を見た母がはっと飛び上がり、定形文的なお別れのやりとりをしてお店を出た。
時間を気にしながら車に乗り込む母が、オレにチラリと視線を送ってくる。
訳知り顔でニヤニヤとオレを見る。
「なに 」
「素敵ね」
「忠尚さん?」
「お店が」
~~~っ‼︎
「もう名前で呼んでるの?ここ最近できたところよね?」
「あ、あ、えと 」
会ったのは三回だけだと言ったところで説得力がないのはわかっている。
「 あの人の匂いが、すごく気になるんだ」
観念して言おうか言わないか悩んだのだけれど、母にはなぜか色々とバレてしまうので観念してそう言った。
少しビターな匂い。
苦いけど、でも不快じゃなくて気持ちのいい匂い。
「おばあちゃんになるには、まだちょーっと若すぎるわよね?」
知らない間に力を込めていた顎を、こしょこしょとくすぐられて笑われた。
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