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花はいっぱい
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しおりを挟むαやΩがお互いを求めるのは本能で、その間は神でも裂くことができないと例えられることもあるくらいで。
そんなαとΩの前に、もし『運命の番』が現れた場合はどうなるのか?
本能に抗えないαやΩがβの伴侶を捨てることができるのか?
「 今でも、怖い かな」
一瞬、強気に出てごまかそうとした雰囲気があったけれど、オレが思っていたよりも真剣な顔だったからか、母はポツリとそう言って傍のクッションを抱え込んだ。
「ある日、今の生活がごっそりひっくり返されるんでしょ? ちょっと、 うぅん、少し、怖いよね」
ぽんぽんと頭を撫でられ、随分久しぶりに頭を触られたと思った。
「喜蝶くんの家を見てるだけに、やっぱり怖い。自分の子供ですら、目に入らないくらい愛しあえるって 怖い」
前にいろいろつけてクッションにしてはいるが、母はその全てに怖いと答えた。
そこはβが立ち入れない領域なんだと、線を引いているようでもあり、オレもそれはわかる。
「でも、好きになっちゃったから」
肩を竦めて「ふふ」と笑うと、可愛らしい感じがする。
「運命が来ても跳ね除けるくらいの気持ちでね、向かっていけばいいよ?ぽっと出の運命になんか負けないくらいの夫婦仲になるよって、プロポーズしたの」
「父さんが?」
「母さんが」
初めて聞いた話に、お!とテンションが上がる。
「運命が現れたらどうしようってグズグズ言ってる父さんに、そう言って結婚してもらったの。自分が出来なかったのを気にしてるから、父さんには内緒ね」
飾り気のない指先を唇に当てて、しーっと念押ししてくる。
運命に、負けない……
「気になる子、できた?」
「へっ 」
「喜蝶くん?それとも、六華くん?」
とっさに言葉に詰まった。
母に尋ねられた時に、はっと思い浮かんだ顔は……
どうして、今日会ったばかりの人の顔が真っ先に思い浮かぶんだろ?
学校鞄の隣に置いた小さなメモ。
『また来てくれたら嬉しいから、使って!』
オレと六華に手渡されたのは、メモを千切った急ごしらえのサービス券だった。
この店のスタンプと、ボールペンで「サービス」と走り書かれていた。
『また、会えたら嬉しい』
メガネの奥の真面目そうな目が細まって、嬉しそうにニッカリと口元が弧を描く。
六華はちょっと頬を膨らませていたけれど、オレは 嬉しかった。
今日もらって明日行くのは失礼だろうか?
六華はついてきてくれるかな?
いや、一人で行ってみる?
「須玖里さん 」と呟いた時、窓ガラスを叩かれて心臓が跳ね上がった。
どんどん と、拳が打ちつけられ、慌てて窓に駆け寄った。
「しーっ!こんな時間にどうしたの!」
人差し指を立てて、静かに静かにと目で訴えると、ガラスの向こうの喜蝶が不機嫌なまま叩くのを止めた。
「何?用事なら電話で 」
「開けて」
「開け え?もうこんな時間だよ⁉︎」
「仕方ないだろ?映画行ってたんだから!」
窓を開けようとしていた手が止まった。
さっきまで、あの子と いた?
「早く開けてって」
ガラスを隔てた向こうにいる喜蝶が、急に知らない人に思えて、鍵を外そうとした手を離して首を振った。
「薫?」
動かなくなったオレをおかしく思ったのか、首を傾げるようにして喜蝶の顔が近づく。
部屋の明かりを受けて、はっきりとした陰影で飾られた顔は……
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