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花はいっぱい
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しおりを挟むまばらに居た客達の視線がこちらを向き、注目が恥ずかしくて身を竦める。
「えと はい、薫と言います、あの どちら様でしょうか?」
「あっ店主の:須玖里(すぐり)と言います、歓談中に失礼しました」
ペコペコと頭を何度も下げて、須玖里と名乗った店主は他の客にも頭を下げながらカウンターの中へと戻っていった。
その後ろ姿をつい 目で追って……
「か 薫?」
「あの人、すごくいい匂い 」
ぽやんと呟いたオレを驚いた顔で見て、六華はブルブルと首を振る。
「薫はやっぱりベータの人がいいの⁉︎」
「や、あの、違う違う!いい香りしたなって思っただけだよ!」
そうは言ってみたけれど、それだけじゃないのはよくわかっている。
少し、ビターな……多分、お店の前で感じた匂いだ。
「いい 香り?」
「ん 実は ね、オレの両親はオメガとオメガ因子持ちのベータなんだ。だから、凄くアルファの匂いに敏感なんだと思う」
「それって 」
「簡易検査でオメガって出ちゃうこともあって、そのせいかなぁ、どうしても匂いに反応しちゃうとこがあって……」
産まれて最初に受けるバース性検査ではΩと診断された。その後、精密検査でΩ因子持ちのβ性だと確認され、そのことは母子手帳にもしっかり注意書きと一緒に書かれていて、見つけた時はびっくりしたのをよく覚えている。
「でもっ アルファはオメガと、ベータはベータと引っ付かないとって言う考えはないから!」
コーヒーカップの傍で握られた六華の手を握り、そこだけははっきりと伝えた。
「 うん」
けれど六華は浮かない顔で。少し困ったよう表情を返されると、それが六華の欲しかった言葉でないことがよくわかる。
「 でも、やっぱり運命って大きよね」
諦めたような呟きに居た堪れなさを感じて俯くと、慌てた気配がした後に目の前にクッキーが差し出された。
「なんでもなーい。これ俺の分もあげる。可愛いクッキーだよね」
オレのは紫、六華のクッキーは緑色のアイシングで飾られていて、宝石のように見える。
豆皿の上のそれを眺めて、何もなかったように笑って返した。
今日は母が早く帰ってくる日だったので、夕飯を待ちながらリビングでなんとなくつけたテレビを眺めていた。
エプロンをつけた母を見て、また視線をテレビに戻し……もう一度視線を向けたところで、対面キッチンの向こうからオレを見る母と目が合った。
「なぁに?さっきから」
「ん いや、母さんはさ、 」
なんと尋ねていいものかと言葉を選んでいる間に、母が隣に来てソファーへ腰を下ろした。
「お父さんと結婚する時、怖くなかった?」
そう尋ねるとキョトンとした後、小さく笑う。
目尻に皺が寄るのが見えて、他の家よりも若い母親だと思っていたけれど、しっかりとした人生の先輩なんだと思った。
「 お父さんに、運命の番が現れたら って、思わない?」
αとΩの間にある絆。
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