OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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雪虫

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「なぁ   先生達は、なんでオレに良くしてくれんだ?」

 瀬能の動きが止まり、ゆっくりとした動作で視線が上がる。
 緩慢なと言ってもいいようなその動きは、言葉を選ぶ時間を探しているようだった。

「ただのボランティア   って言っても信じないだろう?」

 胡散臭い笑みを貼り付けたせいか、余計にその言葉が信じられない。

「  運命と  ──」

 目は笑ってない。

「──  バース性を憎んでいるから」

 そう呟いてから、オレがいることを改めて認識したかのようにびっくりして目を見開いた。
 一瞬漏れた、それが本音かもしれないと身構えた時、ぷっと瀬能が吹き出した。

「  ちょっとぼく、カッコよくない?」
「よくはないです」
「えー!」

 いつものノリの、いつも通りの表情で瀬能は帰っていった。

 ただ、一瞬見せられたあの表情が気にかかって……
 






 オレは今、大神と同じ表情をしているんだと思う。

 雪虫がセキに懐いていたのはわかっていた。
 セキがいい、セキがいい、と言われた昔もいい思い出だと思っていたが、目の前で実際べったりされるとなんとも言えない感情が芽生えてくる。

 セキにご飯を食べさせてもらっている雪虫を見るオレと大神は、複雑な感情を持て余していた。

「セキ!あーん」
「ちょっと待って……はい、あーん」

 ふーふーと甲斐甲斐しく粥を冷まして、雪虫の口に入れてやるのを止めるのもアレだが、黙認するのもアレな感じで眺める。

「仲……いいな   」
「そうだな」

 二人の仲の良さがそう言ったことではないのは百も承知だが、ソレはソレ、コレはコレ。

 αの性質傾向として、独占欲ってのがあるらしい。らしいって言うのは、本に載ってたからって話なんだけど、αは自分の種をより多く残そうとするから、番にしたΩとか狙っているΩとかを独占したくなる傾向があるらしい。

 オレの感じているのも多分ソレだろうなぁ。

 例え同じΩでも臭いのつくような距離にいて欲しくなくて、ヤキモキしてしまう。

 堪らず、お茶でも淹れるふりで台所に逃げたオレを追うように大神が来て、換気扇の下で煙草を手にして固まった。雪虫が隣のリビングにいる今、セキに禁煙と言われていたのを思い出したようだ。
 大きな掌でくるくるとシガレットケースを弄んでいる。

「  聞きたいことがあるんだけど」

 二人の声で騒がしいリビングとは違い、こちらは湯を沸かす音だけで静かだった。

 食事は当分続きそうだし、こんな機会は滅多にないだろう。

「今朝、雪虫がたくさんの中からオレを選んだ  みたいなことを言ってたんだけど、それって何のこと?」

 セキに止められたせいか、煙草を吸っていない大神はイラついているように見える。
 コレは、失敗だったかもしれない……

「    試験管を覚えているか?」

 押さえつけられて無理矢理勃たせられて、アレに出さざるを得なくされた記憶は、なかなか忘れられなくて、事あるごとに思い出しては頭痛を引き起こす。

「アレが夥しい量、見つかった」
「見つ   って、あれって違法なんじゃ⁉︎」
「もちろん。ただ   廃棄する前に、試したんだ。運命とやらを」

 この人の口からそんな言葉が出てくると、運命を試すどころか拳で殴って二度と立ち上がれないようにしそうだけれど。

「あれは、自力では番を探しに行けないからな」

 ここでもそうだ。

 この人たちは、オレにも雪虫にも、なぜこんなに手を貸してくれるのか……

「それで、オレ?」
「匂いなんて、漏れないようになっているはずなのにな」

 他には見向きもしなかった  と、追加のように告げた。

 それがどう言う事なのか確証はない。

 ただ、雪虫が気づいた事、オレがここに来た時に周りを振り切って雪虫に会いに行ったことを考えると、

 『運命の番』

 なんてものが本当にあるのかもしれない。

「  先生が、助手にって言わなきゃ、オレどうなってたんですか?」
「知りたいのか?」
「まぁ。知りたいって言えば知りたいです。あと、親のその後も」

 大神はちょっと意外そうな顔をした。

「人様に迷惑かけてないかって心配で」
「   それなりの所で、それなりに慰謝料を稼いでる」

 そのそれなり  が怖いのだけれど、生きているようならそれでいい。

「会いたいのか?」
「世の中の家族が全員仲良しこよしって訳じゃないんで」

 あまりいい思い出のない幼少期を思い出してげんなりしていると、隣で煙草のきつい臭いが香った。
 とうとう我慢しきれなくなったんだなー と思って、灰皿を差し出す。

「この臭いって、なんなんですか?」
「お前は質問ばっかりだな」

 呆れられたが、気になるものは気になる。

「ある種の薬草だと聞いている」
「ヤベー奴じゃないですよね」
「合法だ」

 どうしてもそちら方面と結びつけたくなるのは、大神のせいだ。この稼業の人間が扱う草なんてヤバいイメージしかわかない。

「つかたるに昔から民間療法として存在していたそうだ」

 ふぅ と吐いた後、大神は何を思ったのか煙草を持った手をオレの口元に寄せた。
 顎をしゃくられ  これは、吸ってみろと言っているんだろうか?

 吸うのも怖いが、断るのも怖くて……

 そろりとそれを咥えた。

「吸え」
「 っ⁉︎ 」

 抑揚のないたった一言だったのに、何故だか逆らうことができずにそれを飲んだ。

 お茶や香で馴染んだものより格段にキツい香りに、目が回って思わずその場に蹲み込んだ。
 肺に入った分を吐き出そうとしても吐き出せず、ひぃと喉から音が出て咽せた。

「  っ、喉、あっ   ぃった   」

 煙が触れた部分が軋むような、なんとも言えない感触に勝手に涙が溢れる。手で拭っても拭っても治らず、喉も鼻も痛くて堪らない。

「なんだ。初めてだったか」

 しゃがむ気配がして、ごつごつとした皮の厚い手が顎を掴んできた。

「  っ、 マジ、コレってなんなの 」

 ゴシゴシと乱暴に涙を拭われて、皮膚まで痛くなってくる。

「民間療法的薬草を使った合法な煙草だ」
「煙草の段階でアウトなんですけど 」

 機嫌良さげに口角を歪めると、大神は咥えていた煙草をもう一度オレに押し付け、自分用にもう一本咥えた。

 漢らしい顔立ちが近づいて、オレの咥えている煙草の火を移すために先端を擦り合わせる。それが気恥ずかしくて、思いの外近い大神の顔から逃げようとするが、顎を掴まれて動けない。



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