OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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雪虫

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 起き上がった雪虫はぼんやりとしていて、青い目を覗き込んでみて初めて目が覚めたように驚いていた。

「おはよう」
「しずる!」
「具合どんなだ?」
「しずる!」

 もう一度名前を呼ばれて、なんだと問いかけ直す前にどっと雪虫が飛びついてくる。
 衝撃的には軽いものだったけれど、心の準備も何もないオレはしがみつかれて心臓が跳ねた。

「しずる  」

 鼻にかかるような泣き声の混じった呼びかけに、何事かと顔を覗き込んだ。

 青い瞳が揺れて、透明な雫が今にも落ちそうで……

「どうした⁉︎先生呼んでくるか⁉︎」

 細い指にきゅうっと力が籠る。

「良かった。いてくれた」
「いて  って、そりゃいるよ」

 少しもつれ気味の髪を撫でてやり、背中に手を回すとやっぱりあの甘い花の匂いがして、胸いっぱいに吸い込むとほわほわとした気分になってくる。

「あー……この匂いなんだったっけかな」
「ん?」
「お前の匂い……」

 どこかで嗅いだ記憶のある匂いだ。

「ヒートの匂い?」

 いきなりなんてことを尋ねるんだと驚きつつも、首を振る。

「違うな」
「熱は違ったんだ」

 ほとほとと閉じられた両眼から涙が流れ出すのを見て、思わず背中に回した手に力を込めた。
 細い体は力加減を間違えると折れてしまいそうで……

「なんで泣くんだよ」
「しずるに   」
「オレに?」

 さら と髪が揺れて、頸が見えた。

「   噛んで欲しい、から」

 白い頬を飾るように透明な雫が伝って、薄い桃色の唇が震える。

「それ、 どう言う意味かわかって言ってんのか?」

 瞬かれた睫毛に押されて、ぽろぽろと落ちた涙が手の甲で玉を結ぶ、揺れるそれを拭いながら、雪虫がこくんと小さく頷いた。

「しずるの冬の匂い   知ってたから」
「知ってる?」
「うん、大神がたくさん並べた中にあった。だから選んだの」

 たくさん並べた?

 なんのことだ?

 昨夜のことと言い、今のことと言い、オレにはわからないことだらけだ。

 でも、一つだけはっきりしていることがあって、それを雪虫に先に言われた部分が、αと言うか男と言うか  そう言ったところをチクチク刺すんだけど……

「オレも選びたいんだけど」
「うん?」
「雪虫を番に」

 ぱちんと大きく瞬いたせいか、名残の雫が転がり落ちていった。
 それを掬い取って口に含むと、甘い蜜のような気がしてくるから、αとΩの関係は不思議だと思う。

「  金の王子みたいに?」
「あー……   『君のことだけを想って、君のためだけに生きた、だから私の番になってください』」

 繰り返した絵本の内容は完璧に覚えている。

 Ωである金の王子に告げられたセリフを言ってやると、雪虫の瞳がキラ と光った。

「 金の、王子になった気分   」

 興奮してか、ほんのり頬が赤くなって、やっぱり   可愛い。

「オレは ちょっと恥ずかしい……」

 番の契約は、発情期の性交中にΩの頸をαが噛むことで成就する。
 番にする  と言うプロポーズは、結婚して一生一緒にいてください!って意味もあるけれど、次の発情期きたらヤって噛むぞ!の宣言でもあり……

 そこまで人生も経験もこなれないオレにとっては、恥ずかしくて転げ回りたくなるセリフだ。しかもそれが絵本の引用とか。

 他の人間に聞かれてたら恥ずかしさで死ねる!





 セキが来ていることを言うと、雪虫は起きてご飯を食べると言い出し、二階に持っていたお粥を一階に下げるため盆で運んだ。

「甲斐甲斐しいねぇ」

 そう声をかけてくる瀬能は、荷物を持ってすっかり帰る準備を終えていた。

「早いですね」
「通常業務もあるからね。君の高校と大学の、勝手に手続き進めておくからね!」
「お願いしま   、ちょっと待って!」

 リビングに入ると、ちょうどいい感じに大神とセキが並んで座って物凄くいい笑顔でタブレットを弄っていた。

「なぁセキ!」
「な、なに?」
「一緒に勉強しないか?」

 飛び込んできた人間にいきなり言われて面食らったらしく、セキはキョトンとしている。

「オレ、これから高卒認定と大卒資格取るんだけど、一緒にどう?大神さん!どうかな?」
「それはセキがどうしたいかだろう」

 大神の判断を待っていたらしいセキが、大神の言葉を聞いて肩を落としたのが見えた。

「セキ!気にしてただろ?機会があるんだ!やろ!」
「あ、の   でも、俺 大神さんの世話を任されているから……」

 両手を振って断ろうとするセキじゃなくて、大神の方に向き直った。

 昨日も痛い目にあったし、怖いのは変わらない。

 でも、真っ直ぐ見つめる。

「セキがやりたいならやらせるんだろ?」
「そうだ」
「進学できなかったって言ってたから、本当は行きたかったんだろ?」

 両手を振っていたセキは、大神に促されて小さく首を縦に振る。

「先生。セキの分も頼みますよ」
「君たち、遠慮ないねぇ」

 やれやれと肩を竦める瀬能は、それでも嫌そうな顔はしていない。

「駄目だった?」
「いいことだと思うよ。知識はあって邪魔にもならないし嵩張りもしないから、学んでおくに越したことはないと思っているよ」

 ぱちんと、また見たくもないウインクをされた。
 とっさに思いついて勢いだけで言い出してみたが、また吊るされなくて済んでよかった!

「それじゃあお暇するよ」

 帰ると言う瀬能を見送ってくるからと一緒に外に出ると、少しだけ寒さの和らいだ風が吹いた。
 これから暖かくなって、過ごしやすくなってくれるのかと思うと、春が待ち遠しい。

「ぼくのただの勘だけどねぇ、雪虫のフェロモン量が変わってくるかもしれないよ?」
「え  ?」
「しっかり香を焚いて、お茶飲ませて、君にはアルファ用の抑制剤を処方するからね」
「あの!  オレ、雪虫と番に   」

 ふっと降りた会話の間に、瀬能のピリッとした雰囲気がわかった。

「  あの弱い体に、これ以上負担を強いると?」

 ぐっと言葉を飲み込んだのは、雪虫のか弱さを間近で見てよくわかっているからだ。

「  っ」
「まぁ精神的に落ち着けば体調も落ち着くみたいだし、少しずつフェロモン値と体力が釣り合っていけば、その内ね」

 少しずつ、食事の量を増やして体力をつけてやれば、番えることはできるんだろうか?
 今朝、偉そうに言っておいて何もわかっていなかったんだと思うと、顔が熱くなってくる。

「番を得るとオメガは精神的に落ち着くけど、雪虫の場合、番るだけのヒートに耐える体力がないからね。君の方でちゃんとコントロールしてあげて」
「  え」

 当分トイレに籠らないといけないってことだな。

「ヒートが酷くなるようならその時考えようか」
「わかった  」
「やらしいことはしていいからね」
「どうしろと!」

 足を踏み鳴らして文句を言ってやると、今度は本気でキョトンとしたようだ。

「ああ、君、童貞なんだっけ」
「余計なお世話だ!」
「手取り足取り教える?」
「いらねーよ」
「お触りくらいならいいよってことだよ」
「生殺し……」
「君、ちょいちょい使う言葉古いよね」

 車に乗り込もうとした瀬能に、一番気になっていたことをそろりと問いかけた。



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