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雪虫
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しおりを挟む不機嫌に頬を膨らます雪虫の隣に座り、なんとなくで謝った。
「ごめんって」
「理由もわかんないで謝ったってダメだからね」
青い目が眇められて……
心当たりは瀬能を呼んだくらいか?
「診てもらった方が安心だろ?」
そう言うと雪虫はもっと不機嫌になってしまい、勘弁して欲しい。
『ヒートはもう終わってるね』
そう言われた時の驚きを、こいつはわかっているんだろうか?
つまりオレは、発情期の雪虫とずっと一緒にいたと言うことだ。今日嗅ぎ取った匂いは残り香で……全然気づかなかったとか、地味にショックがデカい。
『オレ、アルファとして不能なんすかね?』
『そう言う話じゃないよ』
お香も焚いていたし、お茶も飲んでいたからそのせいだと瀬能は言ったけども、膨れたいのはオレの方だ。
『ここ数日イライラしてたように思えたのは、ヒートの為だった可能性があるね』
『え じゃあ、かわ ……とか思ったのは、そのフェロモンのせいってことか?』
『聞いてないんだっけ?雪虫はフェロモンがほとんど出ないって』
あの時の生温い瀬能の目を思い出して、慌てて首を振った。
「とにかく、なんかいつもと違うって思ったら言ってくれ」
「 なんで、あんたに言わなきゃいけないんだよ」
頬を膨らませた上に唇を尖らすと、すっかり人形のようだった雰囲気が消えて。
「心配だからだろ!」
きつめに言った言葉に驚いたのか、雪虫は飛び上がってこちらを見た。頬の膨らみも消えて、尖った唇もなくなるとまた人形のようになるのかなって思ってたら、思いの外……
「かわ ──」
つるっと出そうになった言葉以外を探そうとしたが思いつかず、こちらをじぃっと見上げてくる青い両眼に観念するしかなかった。
「──いい」
変なことを言ったと、自覚はあったけれど、誤魔化せない。
「え 」
「 可愛いって言ったんだよ」
つっけんどんな言い方だったのに、長くて白い睫毛が瞬いて……
小さくはにかんだ。
野良猫に懐かれたらきっとこんな気分なんだろう。後ろをちょこちょことついてくる雪虫を振り返ると、ぱち と目が合って、なんとなく笑ってしまう。
「なんか用事か?」
洗濯カゴを横に置いて改めて向き直ると、さらさらとした髪の間からつむじが見えた。
「んー 」
胸の前に色鮮やかな絵本。
なんとなく雰囲気で察して、トントンと絵本を指で叩いた。
「洗濯物干し終わったらな」
「わかった」
嬉しそうに笑うと目の縁が少しだけ赤くなるのを、セキは知っているんだろうか?
あのヒートに気付いた日からこちら、雪虫の態度ががらりと変わった。今までの警戒するような部分がなくなって、会話も増えたし距離も縮まった。
食べ物の好き嫌いはまだだけど……それは追々食べさせて行くことにした。
「『お星さまのお城に住んでいる金の王子は 』」
もう空で言える絵本。
オレが喋るのに合わせて、隣で雪虫がぺらりとページをめくる。
「ちょっと早い」
「え、あっ」
注意すると慌ててページを戻し、指先で文章をなぞった。
「『銀の王さまは言いました 』」
絵本を渡して微妙な顔をしていたのは、雪虫が文字が読めなかったからだと気づいたのはついこの間のことだ。
やっぱりバース性について不思議そうに尋ねてくるのに疑問を持ってみれば、絵本を差し出して「分からない」と呟いた。
さすがに絵本なら、ろくに学校に行かなかったオレでも読める。
今のこの社会で、絵本が読めないなんてことはあるんだろうか?
世話だけが仕事と割り切って見ないようにしていたが、この生活自体がおかしいことだらけだった。
「『 おしまい』」
最後のページを閉じて、雪虫は満足そうだ。
「……なぁ。お前はここに来るまでどこにいたんだ?」
ひと瞬き、ふた瞬きしてから、どこ?と返してきた。
それを聞いているのはオレのはずなのに、バカバカしい質問をしたと言われた気分になる。
「 ……はぁ」
両手を投げ出してソファーへ仰向けに倒れ込んだ。
弾力のいい座面は気持ち良くて、そうやって転がると体が伸びる気がしてリラックスできる。
「また、変なこと言ったかな?」
突然寝転がったオレの行動が不思議だったのか、天井に向いていた視界にひょこんと雪虫の顔が飛び込んできた。
顔立ちはΩらしい華やかでこじんまりとした感じで、青い目を縁取る睫毛は白くて長い、同じ色の眉と、やや金色がかった髪。
あと、オレを見る時に少しピンクになる頬。
「いいや。そんなことない」
さらさらとした髪が動いて、雪虫の耳が胸に触れた。
低い体温の、ひんやりとした耳朶。
「心臓の音聞こえるね」
「聞こえなきゃ一大事だろうが」
「そうだね」
胸の上にある重みが呼吸と一緒に緩やかに上下する。動く度に零れて顔にかかる髪を、ひと掬いずつ耳にかけてやると、くすぐったそうに目が細くなった。
「あったかい」
そりゃそうだ と、声に出たかわからない。
ただ胸の上の重さが気持ち良くて、それに釣られて瞼を閉じたのを覚えている。
軽い けど、重い。
自由にならない体の上に乗っかった重りを無意識に撫でる。
細いのに手を下げると柔らかい。
その柔らかいのが気持ち良くて、むにむにと揉んでみた。
「ひゃっ」
「ひゃ?」
ぱちんっと勢いよく開いた目で見下ろしてみれば、オレの上で丸まってる雪虫が見えた。
金色のつむじがそろそろと揺れて、青い目がちらりとこちらを見上げる。
「 何してんの?」
「こっちの言葉なんですけど」
「あ?」
かぁっと顔を赤くする雪虫に促されて両手のある位置を見ると、未だしっかり雪虫の尻を揉んだままだった。
やらかしてる とは思いつつ、予想外の弾力の良さに手が止まらない。
「おー……やわー……」
「ちょ、やだ、やめてよ!」
「いや、だってさ 」
ぽこん と胸を叩かれて、涙目になっている雪虫に観念して手を離す。
ちょっと名残惜しいけれど、まぁ仕方ない。
「へんたいっ!」
ぽこぽこと胸を叩かれるも全然痛くないのが不思議だ。
「あーはいはい」
「なんでこんなことすんの!」
「じゃあなんで上に乗っかってるんだよ」
あくびを噛み殺して元凶の行動を指摘してやると、痛いところをつかれたのか答えに詰まって開いた口を閉じてしまった。
むぅっと尖った唇から何か聞けるかとも思ったが、結局言い訳は聞けなかった。
「ほら、ちょっと退いてくれ」
華奢すぎる雪虫の重さなんてあってないのも同然で、上から退かすのに苦労は要らない。ちょっと不満そうだったが、寝起きはちょっとよろしくない事情がある。
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