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雪虫
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しおりを挟むろくなもんじゃない。
パチンコ狂いの手癖の悪いババァと、あちこちの人妻に手を出しては慰謝料請求されたり刺されたりするジジィとの間に生まれた子供なんて、ろくなもんじゃない。
まぁ……オレの事なんだけど。
ジジィの何人目かの不倫相手の旦那から慰謝料請求されたが、パチンコ狂いで借金まであるババァと学生のオレじゃ払える訳もなく。
殴られ蹴られ浮気もするジジィの為に、金を工面しようとしたババァが人様の物に手を出して捕まった。
しかも、捕まったと言っても警察じゃない。
むしろ警察の方が良かった。
「こいつらの息子のしずるはお前だな?」
「…………」
声が出ず、頷いて返すのが精一杯だ。
固い事務所の床に正座していると、冬の冷たさが骨身に滲みるようだった。
普段なら辛いと思えば足を崩すなり座布団を敷くなりとするが、強面の男陣に取り囲まれてそんな事をする勇気が起きなかった。
緊張で力の入る腿の上で拳を握りしめる。
目の前の床で転がる両親は顔が判別つかないくらい変形してしまい、最初見た時は逝っているのかとぬか喜びをしたくらいだ。
次はオレがこうされるのだろうか?
オレは関係ないから!
そう軽く言って何事もなかったかのようにこの事務所を飛び出してやろうかとも思ったが、チンピラと言うにはあまりに恰幅のいい男達ががっちりと脇を固めているためにそれも出来ない。
沈黙に耐え切れずに喉に唾を送り込むも、ご……と中途半端な音を立てて喉が貼り付きいて乾いているのだと実感するだけだった。
どうする?
そこに転がってる両親を助けようとは端から思ってもいないから、逃げるのはオレ一人だけだが、ひょろひょろとしたこの体格でこの人数をかいくぐって逃げるのは不可能でしかない。
「 で、だ」
浅黒い肌、仕立てのいいスーツに身を包んでいても筋肉がよく分かる屈強な男が口を開く。
確か、周りの男達には大神とかなんとか呼ばれていたような……
「どうする?」
「……ど、ど って」
貼り付いた喉からはきちんとした言葉が出ず、ひっくり返ったような言葉を宥めるために喉元を押えた。
いつのまにかぐっしょりと濡れたシャツに手が当たり、小さな体の震えに今初めて気が付いた。
「か、か、金……は、返し 」
「それは当然の話だろうが」
激しくはないが、冷静で低い声音の言葉はオレの言葉を叩き潰すのには十分だ。
「今回の事でこちらは被害を被った訳だ」
「はい」
きちんと返事をしたつもりだが、多分周りには「ひぃ」としか聞こえていないだろう。
震えるしかできない。
「お前、こいつらの片棒担いでたんだって?」
「かた……片棒?」
もうこいつらに何か迷惑をかけられ、その尻拭いをするのは日常茶飯事すぎて、そのどれが片棒になったのかすぐには思い出せない。
「セキ、アレを」
煙草を持つ手を上げると、後ろに控えていた男がスーツの内ポケットから細長いガラスの管を取り出した。
オレの目の前に突き出し、軽く振って見せる。
なんの飾り気もない、頭部に小さな機械?の付いた二重のガラス管のようだ、そして中にあるトロトロとした液体には見覚えがあった。
そこらにゴミのように転がっている二人が、金になるからとオレから毟り取っていった まぁ、あの、アレだ。
「 そんなもん ポケットに入れるなよ」
見せられた自分の欲の名残を見せられて動揺してたのか、つるっとどうでもいいことが口をついて出た。
でも人の精液を懐に入れておくなんて、気持ち悪くないんだろうか?
「う 俺だって、持ち歩きたくないよ、こんなの」
しかめっ面をして顔を背ける男の首に、チョーカーが見えた。いや、首筋を覆うサイズを見ると、実用本位のΩ用の首輪だ。
「あんたオメガか。どーりでアルファの臭いが染み付いて っ」
顔面を蹴り飛ばされて吹っ飛んだとわかったのは、革靴の底の感触が喉を潰してきたからだ。呼吸しようと吸い込んだが水っぽい物が気管に流れ込む感じがして、盛大に噎せた。
赤い飛沫が飛び散って、慌てて指で触れると鼻からダラダラと血が出ている。
「オメガ相手だと態度がでかいな。さすがアルファ様だ」
ちょっと爪先に力を籠められると気道が塞がる。
オレを見下ろしてくる屈強な男は、冷たい目のまま煙草に火をつけた。
「めずら しくなんか、ないだろ?あんただって、アルファのくせ っ」
息が止まって、喉を踏み潰す勢いの革靴を引っ掻いた。
オレなんかが見たこともないような高価な物だとはわかるが、このまま踏みつけられて窒息なんて冗談じゃない!
もがいて、もがいて、
床の上で暴れていた足に力が入らなくなる頃、Ωの男に引き剥がされてやっと呼吸ができた。
オレを引っぱってくれる手にすがって起き上がると、まだ止まってなかった鼻血がボトボトとその手に落ちた。
こんな間近で純粋なΩなんて初めて見たが、噂通りの綺麗な顔の作りをしていて、肌の綺麗さとか同じ人間じゃないんじゃないかと思う。色も白くて、オレの血が汚してしまったのが申し訳なくて慌てて袖口でそれを拭いた。
オレの汚い服で拭いたら逆に汚れそうな気がしなくもなかったが、綺麗にできるものがそれくらいしかない。
「ごめん 」
「やり過ぎです、死んでしまっては ぅわっ」
華奢とは言え人ひとりの重さはそれなりにあるはずだ。
けれどそんなことを感じさせない動作で、大神はΩを片腕だけで持ち上げた。
「わっ!おお、が 」
「洗い流してこい」
オレの血のついた袖口と、ぬぐいきれなかった手の血を見る視線の冷たさは背筋を凍らせるのに十分で。
固まったのはオレだけじゃなかったようで、Ωも下されてからしばらくギクシャクとした動きでオレと大神を見比べていたが、威圧感のある視線に背中を押されたのか、渋々と扉へと向かった。
「そんなに他のアルファの臭いがつくのがいやなんか?」
そう言うと大神はちびりそうなくらい厳しい顔を向けてきた。
鼻血はまだ止まらず、踏まれた喉は痛みが酷い。ここまでやられたら、あとはどうにでもなれ……と悪態を吐いた。
「あのオメガから臭ってんのってあんたの匂いだろ」
「鼻のいい アルファ様だな」
揶揄うような声で言った後、大神は煙草を取り出して火をつけた。
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