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赤ずきんの檻
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しおりを挟むそこはいつもあかが新聞配達で通る道筋にあるマンションだった。
配達のないマンションはいつも見て通るだけのせいか、部屋の中にまで通されたあかは落ち着かなげに男を見上げた。
「あの シート、濡らしてしまってすみませんでした」
乗り込む時に払える水滴は払ったが、小雨とは言え雨の中を歩いていたあかが座ったせいでシートを濡らしてしまっていた。
弁償かクリーニング代か何か請求されやしないかとビクビクとしていたが、封筒を開ける男は気にしてないのか返事すらしない。
「…………」
封筒を開けて中を確認する。
その動作が酷く時間のかかる事のように思えて、あかはちらりと辺りに視線をやった。
広い部屋だ。
一般のマンションがどう言った広さなのか、住んだことも立ち入った事もないあかにはピンとは来ないが、この場所が広い事だけはよく分かる。
置かれているものも事務所と呼ぶには余りにも華美で豪奢な物ばかりで、他の組員がいないせいかヤクザ事務所には見えなかった。
ひゅ と、一瞬目の前の男の呼吸が乱れた音がした。
それはほんのわずかな物であったが、家にやってくる男共の様子を窺いながら生きてきたあかにとってははっきりと読み取れる変化だ。
「ふぅん」
ひくり と肩が跳ねた。
不穏な空気だ。
場の空気が一瞬で下がるかのような……
母親のかつての男達が暴力をふるう前の雰囲気に似ていると、あかは知らない内に両手を握り締めて僅かに前屈みになって体を強張らせる。
殴られるのかと、覚悟を決める。
理由のあるなしなんて関係ない、ただ殴られるか殴られないか、それが判断基準だった。
「おい」
男は車を運転していた男に封筒を渡し、飴色の高級そうなデスクに不作法に腰かけた。
「これは……」
運転手が小さく声を漏らしたのを聞いてから、男は咥えた煙草に高そうなライターで火をつけてふぅと煙を吐く。
紫煙が揺らめいて空気に溶けていく間、男は思案顔で動かなかったし、あかも何か尋ねかけることができなかった。
「 これを渡すように言われたんだな?」
「はぃ……母から預かったのはそれだけです、先程封を開けられたと思いますが、オレはそれを開けていません」
何か抜き取ったのかと思われたのかと、先回りして言葉を紡いだが、やってしまったと口を塞いだ。生意気なことを言うのは得策じゃないとわかっていたのに、つい言ってしまったのはこの男の煙草の臭いが酷く鼻についたからだった。
日本の物ではないような、独特な臭いがする。
それがやけに、あかの神経を逆撫でする。
「申し訳ないが、これじゃあ借用書を渡すことができない」
「え どう言う?オレは確かにそれで返せるって!」
詰め寄ろうとしたが、足から力が抜けて無様にその場にへたり込んだ。
「利子分の計算がされていないようだ、わずかに 足りていない」
上げられてから落とされるのには、何度遭遇しても慣れることがない。あかは息苦しさを感じてぎゅっと服の襟を引き、崩れていきそうな床に視線をやった。
艶やかで、傷一つない磨き上げられた床に、屈強な男が映り込んでいる。その視線がこちらを見ていることに、あかはちゃんと気が付いていた。
獲物を逃がさない、肉食の獣のような双眸。
「バ、バイト代 前借、できると思います。今すぐ 」
体を支えるために床に突っぱねた腕が震える。
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