OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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赤ずきんの檻

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「じゃあこれよろしくね」

 そう言って出勤準備に取り掛かる女は息子に背を向けた。

 安っぽい化粧の臭いとくたびれた背中。
 ぎすぎすした茶色い髪はパーマなのかもつれているのか判断は難しい。

 それでも、今の男を掴まえてからは多少はマシになった。
 以前はもっと生活も精神も荒れて、息子の「あか」のみならず彼女自身も生傷が絶えなかったからだ。

 そう思うと今度の彼女の男は、明らかな筋者と分かる風体をしていても今までの奴らよりましだった。

「ええ と。大場組の羽田さん、だよね」
「そうよ。中に小切手が入ってるから、   封を開けたりしないでよ?」

 するわけないだろ……の言葉は飲み込んで、頷いて見せたが背中がそれを分かるはずもない。

 あかはちらりと手の中の、小切手が入っているらしい封筒に視線を落とした。

 積もりに積もった借金はこの小切手で無かったことになるのだと聞いて、彼自身胸を撫で下ろしていた。
 酔狂などこの誰かは知らないがこれでバイトを減らせるのだから、日々バイトに明け暮れて草臥れているあかにとってはありがたいことこの上ない。
 もっとも、ありがたいとは言え母の男が絡んでいる以上まともな金ではないかもしれない可能性を否定できないのは、いただけないとは思っていた。

「雨降りそうだから、パーカー借りてもいい?」

 傘があれば一番いいのだが、家にあった唯一の傘はこの間、母の男が持って行ってしまっていた。
 台所の椅子に掛けられた赤いパーカーは母親の物だったが、ユニセックスなデザインなのであかが着てもおかしくはない。

 借金がなくなるとは言え生活費を稼いでいるあかにとって、雨に濡れて風邪をひいたせいで明日のバイトに支障が出る方が困るのだ。
 それでなくても、ここ数日体調が悪いのか熱っぽい感じがしてだるさが抜けない。

 余裕ができたなら風邪薬でも買いたいと考えていた。

「借りてっていい?」

 化粧をする手は止まっているのに、母はあかを見ようとはしない。
 考え事でもしているのか、頭を振る小さな動きだけが見えた。

 どうしたのか問いかけないまま、パーカーに伸ばしていた手を引っ込めて肩を竦めた。


 使って欲しくないんだろう


 そう理解し、あかは肩を竦めて玄関へ向かった。




「     あか」




 靴を履くあかに投げかけられた声音は切れかけた弦楽器の絃のようで、それは母が情緒不安定になった時に上げるものだった。


 今までの人生を思い出して感情が高ぶるのか、もしくは病的な何かなのかあか自身には判断することが出来なかったが、あまりいい兆候でないのは身をもって知っていた。
 また何か理不尽な事でも言われて怒られるのかと身構えてみたが、母は何も言わずにあかに向けて赤いパーカーを差し出した。

 あかは痩せた、色の悪い腕の先の赤色に怯みそうになったのを堪えて、それをゆっくりと受け取った。

「ありがと、汚さないようにするから」
「いいわよ」

 貴方に上げるわ……と微かに呟くと、続けていってらっしゃい小さく言う。
 珍しく母の視界に自分が入っていることが、擽ったく思えて、靴を履く動作に紛れてもじもじと体を揺すった。

「ん、いってきます」

 母に見送られるのを面映ゆく感じる。

 いつもの返事もない状況から考えると、借金が無くなるのがよっぽど嬉しいらしい。
 あか自身はヤクザの事務所に出向くなんて気は進まなかったが、母の機嫌がいいのであれば悪くないと思った。



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