とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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霍公鳥と川蝉

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 そっと背中に置かれた掌に、馬鹿になったように心臓が鳴った。

「今宵は一段と冷えますね」

 服越しに、翠也が背中に体を預けてきたのがわかる。

 酷く軽くて、
 酷く華奢で、
 酷く頼りなくて……

 酷く愛おしい。

 二人の間の温もりが冷たい空気を裂いてくれるようで、俺は息を詰めて翠也の気配を窺った。

「……温めては、貰えませんか?」

 この寒さの中、どっと汗が噴き出す。

「…………」

 是とも否とも声が出ず、ただ汗ばんだ背中で翠也の体温を感じるだけだ。
 風の立てる音がはるか上空で啜り泣きのように聞こえてくる。

 それに突き動かされるように抱き締めると、腕の中の体は記憶よりずいぶんと細くなっているようだった。

「あっ  ぅ」

 込め過ぎた力に、華奢な体が撓って翠也が呻く。
 けれど力の緩め方なんて知らなくて、ただただ渾身の力で抱き締めてその首筋に顔を埋めた。

 甘い、甘い、目の眩むようなそれは着物から漂ってくる香の匂いなどではない。
 
 翠也自身からの香りを鼻腔いっぱいに吸い込むと、しっかりと嵌めた箍が外れ飛ぶのではないかと思うほどの衝撃が脳を苛む。

「  は、ぁ」

 首筋に顔を埋めたまま息を吐けば、翠也が肩を震わせながらゆっくりと腕を背に回してくる。

「卯太朗さん……」

 道に迷った幼子のような、心細い呼びかけだ。

 
「貴男を、愛しています」


 何かが心臓を締め上げた。
 呼吸を忘れ、さきほどの言葉を一音ごとに繰り返す。

 人生で一番嬉しい言葉だと思う。

 締め上げられた胸の内に溢れる言葉を返すのは容易かった。
 
 けれど、

「……温まったろう?」

 そう言って背中に回った腕を引き離すと、二人の間に吹いた風の冷たさが心を凍りつかせるかのようだった。

 空を掻いた指先が震える。

「あ  」

 上げられた言葉はぼんやりとしていて……

「それじゃあ俺は、失礼するよ」

 掌の中の名残の体温を探しながら再び背を向けて歩き出す。
 地面に落ちた影が濃すぎて、そこに踏み出すのには勇気が必要なほどだ。

 
「  ────僕は、貴男となら畜生に堕ちても構いません」


 冬の厳しさを表すような風にかき消されながら耳に届いた言葉は、胸に鋭く突き刺さった。





 荷車に荷物を乗せながら、こんな日が来るなんて思いもしなかったと、ここに来た初夏の日を思い出す。
 ここで、ずっと絵を描いていくと思っていたのだけれど……

「お世話になりました。この御恩は一生忘れません」

 峯子を始め、一人一人に挨拶をしていく。
 後援者を乗り換えようと言うのに、峯子は感情を荒げもせずに何かあればまたこちらを頼りなさいとまで言ってくれた。

 家人達にも礼を言い、青い顔でこちらを見ている翠也に目を遣る。
 

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