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霍公鳥と川蝉
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しおりを挟む「話はついたよ」
「うん」
傍らに座り、先程まで描いていたらしい百合の花に目を遣った。
咲き誇るそれは、粗いが美しい。
「並木夫人には話をしてある。荷物を纏めておくんだ」
「 うん」
きゅっと桜色の唇を引き結び、るりは俺に寄り添う。
「……いいの? おれときて」
以前言っていた言葉とは裏腹な台詞に苦笑が漏れた。
いい、悪い、ではないのだ。
翠也を堕とさずに絵を描いていく道はこれしかないのだから。
いつか擂り潰された倫理の果てに、弟すらも堕とす日が来ることが恐ろしかった。
傍に居れば消しきれない埋火が再び燃え上がり、この身を焼くのは必至だ。
だから、早急に離れたかった。
けれど、まだ後援なしに遣って行けるほどではない。
絵は描きたい。
傍にはいられない。
俺のために筆を折ると言った翠也に対して、なんとも意気地のないことだろうか。
「俺はるりを選んだ。それだけだ」
返す俺にるりは少し寂しげに窺うような表情のままだ。
「どうした?」
「うぅん、ただ。おにいちゃんも卯太朗もおれのことを好きって言ってくれたけど、おれは一番じゃないんだなって」
暖を取るように擦り寄り、脂肪が少なくて寒そうな体を震わせる。
「それは……」
「でもいいんだ。卯太朗はおれをえらんでくれたんだから」
引き結んだ口から何の言葉も出せないまま、そのひやりとした体を抱き締めた。
吐く息が仄かに白い。
夏の庭はすっかり寂しくなり、見上げた菩提樹の枝の向こうに寂しげな月が見え隠れする。
満月にわずかにとどかないその月明かりに、ぼんやりと立ち尽くす翠也は闇に消えてしまいそうだった。
さり と、土を鳴らす音に翠也がゆっくりと首を巡らすと、髪で出来た影が表情を隠して、さながら幽鬼のようにも見える。
憑り殺してくれないだろうかと朧げに願った。
「寒いのに中に入らないのかい? また調子が良くないとみつ子さんが言っていたよ?」
「月を、見ていたいので」
「そう、満月と言うわけでもないのだから早く入った方がいい」
あくまで無関心を装ったような声音で返すと、ふらふらと翠也の体がこちらへと向いた。
「ご用向きでも?」
寒い中、部屋にいない翠也を心配して探していたなどとは言えない。
「いや、偶然見かけて……みつ子さんが探していたから」
しどろもどろに言うと、「そうですか」と呟いて睫毛を伏せる。
そうすると濃い影が落ちて、やつれて見えて……
抱き締めたい衝動を抑えきれなくなる前にと、背を向けて歩き出す。
「卯太朗さん」
止まってはいけないと思いながらも、声に足が縫い留められた。
さりさりと近づく足音から逃げようと思うも、足は少しも動いてはくれない。
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