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霍公鳥と川蝉
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しおりを挟むここから出て行くと言う俺の言葉に、峯子はすぐに首を縦に振らなかった。
申し訳なくなるぐらい、不便をさせたのか? 気に入らないことがあったのか? と一つ一つ尋ねてくれる。
この場所に不満も不便も何もない。
あるのは弟に欲情し続ける畜生の俺だけだ。
翠也を突き放して手放さなければと思うのに、視線は常に翠也を探していたし、わずかな音を探して耳をそばだてたりもした。
頭ではわかっているのに、それ以外のすべてが翠也を欲してやまない自分自身が恐ろしくて……
恥ずかしいことをしているとは承知で、馨子にるりが俺から離れたがらないと言うのを理由にして二人の面倒を見てもらえないかと打診をすると、二つ返事とまではいかなかったが了承を貰うことができた。
「考え直しては貰えないのかしら?」
森田の方へは馨子の方から手を回すと言われたが、実際に世話になっている南川の方は自分自身で話をするしかない。
恩知らずなことをしようとしているのに、繰り返し引き留めてくれる峯子には申し訳ないと言う思いしかなかったが、俺にはこれ以外に翠也を守る術が浮かばなかった。
「るりさんの師となられるのはわかりましたが、こちらに留まっても差支えはないのでは?」
「先方がどうしてもるりを引き取りたいと……子供の手習いではありません、生活のすべてを費やしますので、師となった以上は傍に居てやりたいのです」
先程から言葉は違えどこのやり取りの繰り返しで……
「 翠也も」
出された名前に肩が跳ねる。
「随分と久山さんに懐いておりますのに……あの子の師にはなっていただけないのかしら?」
「日本画と洋画ではまったく違うものです。翠也くんの刺激とはなれても師は無理です、やはり同じ洋画の師を探すべきです」
「……そう、ごめんなさい。絵のことはわからなくて……」
そう言い、峯子は溜息を吐きながら言葉を探す素振りを見せた。
「あの子は兄のように貴男を慕っておりますのよ?」
赤い唇から出た言葉がますます俺を遠ざけるとは思わない峯子が続ける。
「私も翠也に兄がいたらこのような感じかしらと、微笑ましく思っておりますし……」
峯子の口から兄弟と言う言葉が出る度に胃がぎりぎりと痛む。
今にも血を吐くのではと言う思いを抱きながら、もう一度深く頭を下げた。
離れへ入る前に戸に凭れかかってほっと息を吐く。
これで終わることができると言う思いと共に、そうなれば翠也の気配を感じることすらできない日々がやってくるのだと思うと、陰鬱な泥の中を這いずる気持ちになる。
「るり」
「うん?」
寝転びながら鉛筆を動かしていたるりが顔を上げ、玻璃の目で俺を見上げた。
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