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葬儀
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しおりを挟む「るり、もうあそこに住むのはやめないか?」
昼間でもあまり治安のいいとは言い難いあそこは、夜になると更に雰囲気は良くないものに変わる。
周りに住む人間に殴られることもある場所に、るりを置いておきたくはなかった。
「え……なに言って……だって、働くにはあそこが一番いいし」
「あの仕事もやめよう」
はっきりと告げた言葉に、るりは火傷でもしたかのように体を跳ねさせる。
「…………」
「な?」
月明かりを吸い込んだ瞳が鋭利な刃物のようにぎらりと光った。
「おれを囲いたいの?」
「そんなんじゃない」
「おれはっあそこでちゃんとやって行ける! 同情とかされなくても! おにいちゃんがいなくなってもっ……だから、憐れまれたりなんかまっぴらだ!」
絹を裂くような叫び声に思わずきつい声で「るりっ」と名前を呼んだ。
細い体がぶるりと震えて、激情の後の気まずさに襲われたのか居心地悪そうに俯く。
「……俺は、るりに生きる道筋を示してやりたいと思っている。玄上が亡くなって寄る辺ないお前が、玄上の未練にならないようにしてやりたい」
「おれは……だって……」
白い手が握り締められ、血の気を失ってますます白く見える。
「な?」
そう問いかけるように玻璃色の目を覗き込んだ俺の背後で、戸の開く音がした。
「──── 卯太朗さん?」
ひやりと背筋に冷たいものが走った。
「帰られたんですね」
翠也に気づかれる前に自室に連れ込んでしまおうと思っていただけに、今この現場を見られて肝が冷える。
きしり と翠也が一歩踏み出したのが微かな床の軋みの音で分かった。
「 あぁ」
「時間が時間なので心配していたんで……す 」
語尾と、その後に続いた沈黙に頭痛がするようだ。
「……すみません。お一人だと思っていたので……」
一晩かけて言い訳を考えようと思っていただけに、何も言葉が見つからないまましかたなく振り返った。
その背にるりがさっとしがみついた感触がして、気まずさに盗み見るようにしか視線をやれない。
部屋の明かりを背に、不安そうな表情でこちらを見る翠也に胸が痛んだ。
幸いなことに、視線はるりではなくしっかりと俺に向けられていて、逸らされる気配はない。
「翠也くん、この子はるりだ、玄上から頼まれた」
「 ……るり、さん?」
俺の背に隠れるようにしがみついたるりへと、揺れる黒曜石の瞳が向く。
「玄上が世話をしていた子で……葬式に連れて行ってやりたくて……」
ぼそぼそと口から零す言葉に、納得はしていないだろうに緩く頷いてくれた。
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