127 / 192
宍の襲
10
しおりを挟む「それは……」
俺を寂しそうに送り出したるりの顔が過りもしたが、気づかないふりをして翠也を抱き締め直す。
「過去のことは 」
「どうしようもないとはわかってます! でも、気づきたくないんです。貴男の手が他の人に触れたことがあるなんて……」
引き攣るようなしゃくりは堪え切れない感情が零れ落ちたようだった。
「すまない」
幾らこの瞬間に悔やんだどころで過去、玄上とした数々の悪さや関係を持った相手とのことが消えるわけではなく。
「でも、俺が欲しいのは翠也だけだと言うのは変わらないとわかってくれ。将来、君が手に入れる権力が欲しいわけでも、奥様の代わりに抱いているのでもない。これだけは誤解しないで欲しい」
毅然と言葉にすると、頷いてくれるかと思えた瞳がゆらりと震える。
「でも、僕には何もありません。貴男の力になれるものなんて、何一つないのに。そんな僕に卯太朗さんが気をかけてくれるはずが……」
柳眉が崩れて、縋る手が力を込め過ぎたのか真っ白だ。
「あるだろう?」
はっきりと返した俺の言葉に、涙で縁どった瞳を不思議そうに向ける姿はまったく心当たりがないとでも言いたげだった。
「君自身だよ」
「ぼ……? 冗談は……僕なんてなんの役にも立たないのに……」
「この体と、その才能が欲しくて堪らない」
俺を見る目は怪訝だ。
まるで怪しい路肩売りにでも出会ったような反応で……
「飾りのない君が欲しい」
翠也はとんでもない詐欺にでも遭ったような顔をしていたが、きつく握りしめていた手がわずかに緩んで血の気を通わせている。
「駄目だろうか?」
「だ……駄目では……」
「その代わりに俺をあげよう」
「 え?」
切れ長な瞳をはっと見開き、翠也は俺の言葉を胸中で繰り返しているようだった。
「残念ながら、俺は君のように誤解できるほど持ち合わせがないんでね、必然的に身一つだ。……もらってくれるかい?」
腕の中で飛び上がるように反応した翠也は、恐る恐る腰に手を回してくる。
「だから、もう苦しまないでおくれ」
「……卯太朗さんが、僕の、ですか?」
力強くしがみついていると言うのに、その表情は意味を掴み損ねてまるで子供のようにぽかんとしたままだ。
「いやならいいよ?」
「いえっ! そうではなくて……」
幾つも涙の痕のついた頬を胸に摺り寄せ、わずかにこちらに翠也の体重がかかる。
見下ろした表情はやはりぽかんとしていたが、俺の心臓の音を聞いているうちに腑に落ちたのか微笑んだ。
久し振りに見たその笑顔は、胸の内に温かさを灯すような柔らかなものだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる