とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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真新しい画布

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 かつてとは言え爵位を持っていた相手と、手籠めにされた女中の子供とでは何もかもが釣り合わない。

「  ────……」

 抱えた膝に額を擦りつけ、無性にるりに会いたいと思う。
 あの、まるで天気の話でもするような気のない声で、ああそう と相槌を打って欲しかった。





 峯子から解放された翠也はやや疲れた表情を見せてはいたが、張られたばかりの大きな画布を見ると目を輝かせた。

「大きいですね!」
「  うん? そうかい?」

 確かに、この場所で描いた今までの作品から比べればかなり大きい方だろう。

「凄いですね……うわぁ」

 小さな子供のようにはしゃぐ横顔に笑みを浮かべた。

「これには何の絵が?」
「花かな。黒田のお屋敷から頼まれたものだよ」
「……小母様の…………」

 汚れ一つない白い画布を見ながら呟き、一瞬息を詰めたようだったがすぐにふぅと溜め息を零す。
 それが、翠也が感情を抑え込んだ瞬間なのだとわかり、話を逸らすために違う話題を出した。

「奥様のお話はどうだった?」

 ぽつりと問いかけると翠也の顔から表情が消える。
 出会った時のような、どこか違う場所を生きているような雰囲気で緩やかに頷いてみせた。

「母が言いたいこともわかるのだけれど、ぼ……」
「翠也くん」

 再び、あの鉄の味を覚えなくてはならないのかと、心の片隅で思う。

「……?」

 言葉を遮られた翠也は怪訝な顔をした。

「お  奥様の気持ちも汲まないと」
「    」

 それは、息を飲むよりも密かだった。
 わずかに頬が動いただけで、後は何も変わらない。

「そう、ですか」

 いつもの穏やかな口調が、無理矢理押し出されてひび割れて聞こえる。

「画家としてやっていく気がないのであれば、なんらかの身を立てる手段を探さないと」
「    」

 後援者を得ている身の上の人間に言われたくない言葉だったのか、翠也は口を引き結んで答えない。

「いや、旦那様の考えもあるのだろうし、……すまない、老婆心だったね」
「……いえ」

 ゆるりと息を吐く姿は耐えなくてはならない激情を逃がすためのようだ。

「父は、僕に興味はありませんから」
「そんなことはないだろう?」

 先日も旦那様と出かけたばかりだ。
 興味がなければそんなことなんてしない。

 俺の父親がそうだった。

「だって僕は……」

 言いかけて翠也は緩く首を振る。

「僕の出生については、ご存じですか?」

 なんと答えていいのか迷った間が、彼に是を伝えてしまった。
 翠也が何を感じ取ったのかは分からなかったが、寂しい笑いに失望の感情だけは伝わって……
 
「この度、父の家庭に弟が産まれたそうです」
「……」
「僕を跡取りに据えるよりも、そちらの方が良いと告げられてしまいました」
 
 翠也の表情は複雑そうだった。


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