とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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紅裙

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 るりには、前回の玄上と同じよう多めに金を渡した。
 ただ今回は素直に受け取らず、首を振って突き返そうとしてくる。

 また貰う理由がないとるりが怒り出す前に、
 
「次回の頭金だ」

 そう言って強く握り込ませると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてから嬉しそうに「うん」と笑い、写生帳を抱き締めて踵を返す。

 暗い中に消えていくるりの白い姿は幻のようにも見え、幾度も目を擦ってその姿を見詰め続けた。





 南川の屋敷は夜の帳の澱に沈み、固く頑固に蹲る古臭い亀の甲羅のようにも見える。
 この屋敷の事実を知るまでは、そうとは思わなかったのに……


 幼い頃、片親と笑われ、妾の子と蔑まれた。


 あの苦い思いをもうしたくないと思ったし、近寄りたくもなかった。
 けれど、今いる場所は妾を囲うために用意された豪華な鳥籠で……

 俺はやはりそう言った事柄から離れて暮らすことができないのだろうか?

 趣味が良いと思った屋敷も、美しいと思った峯子もどこかくすんで埃に塗れているように思える。

 身勝手なと分かってはいても、小さな頃から刷り込まれ続けた感情を拭い去ることは難しい。
 後援を名乗り出てくれた恩も、喜ばしいと思っていたこともすべて色褪せ、触れば枯草のように崩れ落ちるのではないかと感じさせる。

 けれど、

 そう思ってもなお、自分はここにしがみつかなくてはならない。
 でなければ今のようにのびのびと絵を描くことなんてできるはずもなく……

 野垂れ死ぬのが関の山だ。

 足元の小石を蹴ると、草叢に転がって一瞬虫の音を緩める。

 その静寂に、翠也の物寂しい横顔を思い出す。

「あぁ、そうだな……」

 ここを放り出されて死ぬのは構わない。
 絵が描けないのなら生きていてもしかたがない。

 けれど死を迎えるその瞬間に、傍らに翠也がいないのは耐えられない。

 彼は、泣くだろうか?

 いや、泣いてくれるだろうか?

 自分以外に触れて欲しくないと望んだ彼をさんざん裏切っておいて、身勝手にそう思う。


 ────彼には、自分だけを見ていて欲しい、と。


 

 
 忍び足で自室に向かう。
 翠也の工房や自室の戸が開いていないことを祈りながら離れに入ると、願い通りに戸はぴたりと閉まっていた。

「……は、よかった」

 安堵の溜め息と共にこれ幸いと風呂場へと滑り込む。

 最初は金持ちの道楽と言うのは良くわからないものだ……と妙な感心しか漏れなかったこの風呂だが、翠也との情事後やこう言った時に非常に重宝だ。

 翠也は先祖の道楽と言っていたか?

「確か……母方の、曽祖父?」
 
 ぽつんと零れた呟きに引っ掛かりを覚えつつも、風呂場へと入って浴槽に溢れ続ける熱めの湯に触れる。

 かけ湯をし、湯船に入ろうとした時に前触れもなくがらりと戸の開く音がした。


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