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濡羽と黄金
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しおりを挟む蒔田と話した時に感じたそれを、今度はうまく掴むことができたようだ。
「旦那様は……こちらにはお住みではないのですか?」
俺の言葉に志げは、ぐっと喉を詰まらせたように顔をしかめてからそわそわと辺りを見渡す。
「ご存じなかったんですか?」
離れに俺達以外に人はいないのに、潜める必要もない声を潜める。
「こちらは、旦那様の別宅なんですよ」
少しでも人に聞かれまいとするかのように早口で告げた。
────本宅が、別にある?
それは、峯子の立場を表す。
「じゃあ奥様は……」
「……ええ、 」
「妾」の言葉を言いたくなかったのか、志げははっきりとは言わなかった。
あまりにも帰宅することのない家主におかしいとは思っていたが、なるほどと腑に落ちた気分だ。
「じゃあ、翠也くんは……」
「坊ちゃんは……まぁ、言葉が悪くなりますが、妾腹……に、なりますね」
ぽかんとしているのがばれたのか、志げは申し訳なさそうな顔をしてくる。
「ご存じだとばかり……」
「いや 」
忙しい方だからと代理人を通してでしか南川氏を知らなかったために、人となりなんてわかるはずもないし、ここまで立派な屋敷が妾を囲うためのものだと思うはずがない。
それに峯子の口ぶりから、てっきり翠也は跡取りだとばかり思っていた。
「まぁ、あまり口に出されませんよう」
志げは口に手を当てて他言無用と伝えてくる。
それに曖昧に頷いて返し、母屋へと戻る志げを見送ってから工房へ入ると、ぺたりと腰が抜けたように床に座って先程の言葉をもう一度繰り返す。
「……妾の、子?」
それならば、峯子のあの妙な色気はそう言うことだったのかと納得もする。
事実を知ったからと言って、自分の立ち位置が今までと何か変わるわけではなかったのだが、秘された事柄に触れてしまった心地悪さが尻の座りを悪くした。
作業に没頭して先程知ったことを頭から追い出そうとするも、志げの言葉がじりじりと重みを持ってこめかみを締めつけてくるような、そんな錯覚に作業の手を止める。
「……、だめだ 」
気が逸れてしまっては、もう集中なんて出来るわけがなかった。
少し出てきます と言い置いて、木の扉を潜って暑い日差しの下に出る。
どこかに行こうと思うも当てがあるわけでもなく、玄上に薬の礼でもと思うもこの間の足に擦りつけられた逸物の感触を思い出して礼の必要を感じなくなった。
第一、そろそろ個展の追い込みに入るだろう。
それ以外に急に訪れても快く迎えてくれそうな友人達は遠方ばかりだ。
だが、だからと言ってあのまま屋敷に籠る気にはなれなかった。
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