とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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るり

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 満足そうな横顔を見ながら、呑気なものだとつい呻きが零れた。


 

 後ろめたさのせいで、屋敷の中を通らずに直接庭から自分の工房へと入り、翠也に声をかける前に風呂場へと逃げるように駆け込む。
 幸いなことに、さすがに男娼を生業としているからか体のどこにも情事痕は残っていない。

 
 だから、黙っていれば、ばれるはずがない。


 なのにどこか落ち着かずに糠袋で体中を擦り回った。
 わずかでも何かを落とそうとする行動は、罪悪感からなのだと風呂に浸かりながら思う。

 なのに、掬い上げた湯にるりの硝子色の瞳を見た気がしてごくりと喉を鳴らした。
 物珍しい異人の血の混じった容貌に衝撃を受けただけだと言い聞かせるが、薄く血の筋の浮く白い皮膚を思い出している自分がいることも事実だ。

 掃き溜めのような場にいてなお白く、まっすぐ立つ様は力強くて……引っかき傷のようにそれはちくちくと俺を苛んだ。
 

 


 風呂から上がり、自室に向かう途中で背中に声をかけられた。

「  卯太朗さん」

 その声は別段咎めるような音を含んでいなかったのに、どうしてだか肩が跳ね上がって振り返るのに必要以上に時間が必要だった。

「お帰りになられたんですね、そちらにお邪魔しても良いでしょうか?」

 朝よりは随分と体調が良くなったのだろう、ふらつくことなくこちらに歩いてくる姿にぎこちない笑みを返す。
 傍まで来た翠也は、しっかりとした生地の着物に柔らかで上品な香の匂いをさせていて、継ぎはぎの箇所の目立ったるりとどうしても見比べてしまう。

「卯太朗さん?」
「あ……あぁ、でも少し待ってくれるかな? 痛み止めの薬湯を淹れてくるから」
「え? あっ……買ってきてくださったんですね。まだ少し痛むので嬉しいです」

 そう言うと翠也はぱっと顔を赤らめながらはにかんで俯いた。
 昨夜のことを思い出してか、恥じらいながら下を向く姿がほっそりとした百合を思わせるようで煽情的だ。

 つい、指を伸ばしてくすぐる。
 
「あっ!」

 赤い顔が更に朱を宿し、こちらを見上げる目がしっとりとした湿り気を帯びて……
 けれど、手の中に転がり落ちそうだった翠也はきっぱりと首を振って体を離す。

「ここでは……そちらに行ってからに……」

 恥じらいながら言う翠也の言葉に、焦らされたような気がして鼻白む自分がいることに気づきたくはなかった。





 炊事場を借りて玄上が分けてくれた薬を煎じる。
 むわりと鼻の奥にこびりつくような枯草の臭いに顔をしかめていると、志げが怪訝な顔をして覗き込んできた。
 
「なんですか?」

 いきなり炊事場を借りて、怪しい臭いのものを煮始めたのだからそう言うのも無理はない。
 胡散臭げな様子に苦笑いを返しながら、傍らの薬袋を見せる。

「翠也くんが喉が痛いって言うからね、いい薬を貰って来たんだ」
「  あぁ、具合が悪そうでしたものねぇ……おや、川内屋の痛散湯ですねぇ」

 そう志げは白髪頭をうなずかせ、興味深そうに鍋を覗く。

「知ってるんですか?」
「良く効くと評判で、手に入れるのに随分と苦労すると聞いてます」
「そうなのか?」
「ええ、万病の痛みに効くとか……」

 その後、腰が痛くて敵わないとしきりに訴える志げに薬を分けて工房へと戻った。


 
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