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るり
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しおりを挟む暑さを避けるために帽子を被り、翠也に一声かけようと向かいの工房に顔を出す。
いつもならばこの時間、自分自身を見詰めるかのように独りで画布に向かっている時間のはずだった。
けれど工房には誰もおらず、自室の方に声をかけてから覗き込んだ。
「翠也くん、ちょっと出かけてくるよ」
そう言うと、座布団に座り込んでいた翠也が何か言いたそうに視線を逸らす。
離れ難いと思い、ついて行きたいと言いたげな雰囲気に困りながら傍らに膝をついた。
「やっぱり痛むかい?」
昨日の今日で、翠也は体を起こしているのも辛そうだ。
「……少し」
「体の痛みが取れたら一緒に出掛けよう」
俺の言葉に翠也は不承不承ながらも頷いてくれたので、その頬を撫でて立ち上がった。
新見は相変わらず、この暑い中ぴっちりと燕尾服を着込んでいた。
「いらっしゃいませ」
頭を深く下げる彼に手土産を渡して玄上の工房へと赴く。
珍しく画架に向かって背を丸めている姿が目に入った。
邪魔をするようで迷ったが、用事のために出向いたのだからと開いたままの扉を軽く叩く。
「んぁ、……どうしたぁ? あれだけ搾り取ってまだ足りんかぁ?」
気怠い声に苦笑しながら「俺だよ」と声をかけると、肌着の隙間から爪痕を見せる背中をぴくりと跳ねさせた。
「よぉ、卯太朗か」
男らしい美貌をにやりと崩して振り返り、汗を拭きながら立ち上がる。
「まだまだ暑いなぁ」
そう言って玄上用の手土産を渡す。
「売りに来てたぞ、好きだろ?」
「ところてんかぁ、夏はこれだな」
「これにしてよかったみたいだな、暑さにやられてるんだろう?」
拭っても拭っても流れている汗を見ているとこちらまで暑くなってくる。
昔から暑がりであったから、今年は例年より暑いせいか堪えているんだろう。
ところてんを受け取る姿はいつもより萎んで見えた。
とは言え、俺よりも体格がいいのは変わりがないし、ちらちらと見える引っかき傷を思えば元気なんだろう。
うまそうに啜り始めた玄上の傍らの荷物を避けて腰を下ろすと、先程まで手を入れていた画布を眺める。
そこにはやはり描いた本人とは程遠い、繊細にして緻密な絵が描かれていた。
水を受け止める玻璃の表現に溜息を吐きたくなる。
「相変わらず……凄い絵だな」
「それは誉め言葉か?」
そう言いつつところてんを吸い込むから酢で噎せたのかぐふりと咳き込み、さらにその後にげっぷまで出すのだから、こんな男のどこにこのような繊細さがあるのか……
長い付き合いでも謎だった。
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