とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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藤の女

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 夏と秋の庭の中間に差しかかる頃、翠也の工房の縁側が目に入った。

 何となくそこから工房内を覗くがもちろん主はいない。

 この屋敷の跡取りの工房とするには、あまりにもがらんとした様子で……
 俺が来るまで、彼は独りここで絵を描いていたのかと寂寥さに胸を打たれた。

 ばれたら怒り出すのを承知でそろりと工房に入り、画架に置いたままの描きかけの絵を覗く。

 深く鮮やかな緑に覆われた画布。

「これは……霍公鳥?」

 自らも描くほど好きな鳥なのか?

 もう少し派手な鳥でもよさそうなものだが……と思いながら、主不在の場所に長くいるのも居心地が悪いので、入って来た窓の方へと向かう。
 その途中、ふと並べられた画布に目がいった。

 片付けられてきちんと並べられた画布の隙間に本が落ち込んでいるのが見える。

「珍しいな」

 翠也は何かを乱暴に扱うような性格ではないから、こんなふうに隙間に突っ込んでいるのはおかしなことだ。
 もしや置いたつもりが落ちてしまったのだろうかと覗いてみると、頁が折れかけて今にも無様な筋がついてしまいそうだった。

 立ち入ったことを知られてしまうのは……と思ったが、それでも本が傷んで翠也が落ち込むことの方が気にかかる。
 手を隙間に入れて本を取ると、分厚い表紙のざらりとした感触に気がついた。
 
 それを撫でて歪みを直し……

「はは  」

 それが何故、画布の間に落ちていたのかを知ってつい笑いが漏れる。

 俺達が使っている工房には余程のことがない限りみつ子達家人は立ち入ることがない。
 だから、これをここに隠したんだろう。

 男女の絡む挿絵を眺め、睦言の書かれている数行を読む。

 この工房はこう言った艶本を隠すには持って来いなのだろう。
 翠也の印象にそぐわない持ち物に苦笑しつつも、彼もそれなりの年頃なのだと思い出す。

「興味があるのだろうな」

 頁が折れないように元の場所に直し、再び庭に出る。

 古びたものでも、繰り返し読まれたものでもないようだったので、最近求めたものなのだろうか?

 ……俺とのことで触発されたのかもしれない。

 すぐに恥ずかしがって真っ赤になる彼が、どのような顔であれを手に入れたのかと想像すると、悪いとは思いつつも小さく笑いが漏れてしまった。
 




 玄上の描いた霍公鳥と川蝉を眺めながら翠也を待ちわびていると、しとしとと微かな音が耳を打つ。

「雨か」

 自分の工房の窓を閉め、昼間開いていたことを思い出したので翠也の工房の方も閉めにいく。

「あぁ、すみませんねぇ」

 女の声に振り返る。


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