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藤の女
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しおりを挟む迷子の子供のような姿に頭を撫でて慰めてやりたかったが、関係とも言えないようなこの関係を断ち切りたいだろう翠也のためにぐっと堪える。
「っ……他の方の、肌を見ないで欲しいなんて、……あさましく、馬鹿なことを 」
膝の上で握った拳を見ながら、翠也は言葉を繰り返す。
「 は?」
「愚かしいことを……思って、 っ卯太朗さんに迷惑をっ 」
しゃくり上げる合間に繰り返し呟く。
「……ごめんなさいっ、ご……っでもっ、触って貰えないほど、っ嫌われるっ、のは……嫌っ」
「翠也?」
自身でも思ってもみないほど優しい声が出た。
「じ、自分勝手なっこと、をっ 考えて、でもっ苦しくてっ……苦しくて……っ」
ぎゅ と握られた胸元は彼の心の現れだろうか?
「だから、……もう嫌なんですっ」
彼が苦しいと言うように、俺も苦しい。
翠也が玄上の絵に見入ったり、褒めたり、感銘を受けていると、本当に発作が起きたのかと思うほどに苦しかった。
「翠也」
絞り出すような謝罪は止まらない。
「ご……ごめ、な、 ご、め……」
翠也の顎に指を置いてやや力を込めて上を向かせる。
「翠也、俺は約束しただろう?」
濡れた目は吸い込まれそうなほど黒く、けれど光を弾いてまるで宇宙のように魅力的だ。
「君以外の肌は舐めないって」
ゆっくり瞬く度に、ぽろりぽろりと月のような玉が落ちる。
転がるそれを掬って舌に乗せると、やはりどこまでも甘くて……
「……この甘露以外、要らない」
頬に口づけ、眦から直接啜ると翠也の体が震えた。
「でも僕は、苦しい……」
頑なに彼は繰り返す。
「俺が求めるのは、君だけだよ」
安っぽい台詞だろうかと思ったが、翠也は頷きながら体を預けてくる。
頬が触れ、愛しさに焦れながら彼の頭をそっと抱いた。
「……僕の苦しみは、どうしたら晴れますか?」
苦しそうな顔はともすればこの腕から飛び出してしまいたいと訴えているようで……
宥めるように指先で翠也の唇を触った。
「──俺は、君のものだよ」
ぱちん と目が瞬く。
「僕の……ですか?」
「嫌かい?」
「嫌では……ありません」
ただ、と続けて俯いた。
「僕のものと言われても……気後れしてしまいます。あっ、それに卯太朗さんを物のようには思えません」
「そう? 画架のように思えばいいよ」
俺の言葉を想像しようとして失敗したのか、眉尻を下げたまま首を振る。
「……緊張して、描けなくなってしまいます」
そう言ってやっと涙を止めた翠也は、微かに笑ったかのような雰囲気を纏う。
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