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闇夜の皓
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しおりを挟む「じゃあそれも持って行くといい」
「ええっ⁉ いえっそんな図々しいことは……」
「あっちに写生帳を二冊も持って帰る奴がいるんだ。気にすることはない」
壁から絵を外すと翠也に渡そうとしたが、急に思い立って辺りを見渡している。
山になった荷物の下から鉛筆を見つけると、
「どうせなら座右の銘でも書こうか。将来、高く売れるように」
「う、売ったりなんかしませんっ大事にしますっ!」
「お? 嬉しいことを言ってくれるねぇ。だが、絵は人に見られてこそだぞ」
「え?」
余計なことを……と、思わずそちらに険のある視線で睨みつける。
「田城玄上 と、あきやのあきは季節の秋?」
「翡翠のみどりに、断定のなりです」
「翠……?」
呟くとその男らしい顔を、写生帳を見ていると見せかけて二人のやり取りを盗み見ていた俺に向けた。
「──ふぅん」
何かを含む声に眉間に皺を寄せる。
「なんだ?」
「いや、今日は遅くまでいるのか? 夕飯は?」
「翠也くんを連れ出しているから、用が済めば帰るよ」
玄上は絵の裏に一筆書くと、畏まった態度で翠也にそれを差し出した。
「そうか、それは残念だ。また食事でもしよう」
「はい! ぜひ!」
嬉しそうに弾んだ声に思わず舌打ちしそうになって、鼻に皺を寄せて我慢する。
「卯太朗」
名を呼ぶと、玄上はなぜだか突然俺の肩を抱いてきた。
がっしりとした手は到底絵描きのそれには見えなくて、羨ましくて仕方がない。
「また、昔みたいに一晩明かそうや?」
そう言いながら腰にまで手を伸ばそうとするので、ぴしゃりと叩いて押し退ける……が、そんなことでびくともする体なんかじゃない。
「そんなに嫌がるな。俺とお前の仲だろ?」
そう言って、翠也が目を白黒させているのをそっちのけで密着してくる。
「仲は仲だがっ……放せっ! 汗が垂れるだろ!」
玄上の額に浮かんだ汗の玉を、首にかけた手拭いで乱暴に拭いてからそれを顔に投げつけた。
「あいたっ」
「ふざけるからだっ」
緩んだ腕の中から擦り抜け、俺達のやり取りに狼狽えている翠也を促す。
「さぁ行こうか」
「えっ……あ、はいっ」
肩を抱いて扉に促そうとすると、玄上が引き止めるように俺の腕を取った。
「は……?」
何の用だと聞く前に、逞しい胸板がぎゅっと俺の顔を覆う。
「うっ⁉」
「た、田城さんっ⁉」
隣で上がった翠也の声に救いを求めて手を伸ばそうとするも、それも封じられて骨が軋む勢いで抱き締められた。
男を全面に押し出したかのような臭いに、顔を背けて腕を突っぱねる。
「放っ せっ!」
「おぉすまんな、つい」
最後にもう一度、ぎゅっと力を込めてから玄上は俺を解放した。
よろけて壁に手を突き、はぁと息を吐く。
「なんのいたずらか知らんが、気色悪いことはやめろ!」
はは と笑う声を聞きながら工房の扉を叩きつけるように閉めた。
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