とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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闇夜の皓

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「よそ様のお宅で……っ」
「玄上は当分来ないよ」
「違います! そんなことを言っているのではなくて……家まで待ってください!」

 洋服では着物のように手を差し込むことができず、焦れて服の上から胸を探った。

 甘い呻きと共に突っぱねる力が弱まって……

「っ……う、卯太朗さんっ」

 涙声で名前を呼ばれ、しかたなしに降伏を示すために両手を上げる。

「では、掌だけでも舐めさせておくれ」
「……っ、それは」

 俺に勝手に舐められないように、翠也の手は胸の前でしっかりと握り込まれていた。
 けれど、俺が真摯に訴えるとそれがわずかに緩んでいく。

「  手、だけですよ」

 そう許可を出した翠也を膝に座らせ、ちゅぅとわざとらしい音を立てながら掌を味わう。
 彼は懸命に掌から意識を逸らそうとして、飾られている作品に集中しているようだった。

「……っ、ふ、  ぁ、」
「君は、玄上の絵が好きかい?」
「え? ……えぇ」

 息を宥めながらも素直に頷く彼に、ふぅんと口を曲げて答えた。

 玄上は確かに素晴らしい画家だ。
 それは理解できるが、だからと言って翠也の関心がそちらに行くのは耐えがたいと思ってしまう。

「卯太朗さん?」

 怪訝な顔を困らせてやりたくなった。

「やはり、我慢できない」
「っ⁉ 降ろしてっ!」

 彼は慌てて言うと、止める間もなく膝から転げ落ちる。

「……残念だ。まぁ帰ってからの楽しみにしておくよ」
「またっ……からかわれるのは嫌だと言いました!」

 むっと怒る翠也の後ろで扉が開く。

「  まるで、お前みたいだな」

 そう言いながらこの工房の主である玄上はのそりと扉を潜り、床にへたり込んでいた翠也の肩を叩く。

「君は? あぁ、あの絵の子か」
「えっ……えっ⁉」

 いきなりのことに面食らっていた翠也の顔が真っ赤になり、涙を滲ませた目がこちらを睨んだ。

「み、見せたんですか⁉」
「いい絵だね」

 取り乱す翠也とは正反対に、飄々と何事もないように言うと玄上は暑そうに首にかけた手拭いで汗を拭いた。
 翠也はまだ何か言いたそうではあったが、玄上に褒められてしまってはそれ以上言い募ることができず、不承不承の様子で立ち上がって頭を下げる。

「突然お邪魔して申し訳ありません」
「いやいや、堅苦しいのはいい」

 そう言うと拭った端から垂れてくる汗をもう一度乱暴に拭きとる。

「汗だくだな」
「意外と重労働でな」

 歓談がそんな重労働のはずもなく。
 確かにかなりの運動量だろうと笑って返した。

「────で?」

 香とは違う女の濃い香水の臭いを纏った玄上は、俺と翠也を交互に見て何用かと尋ねる。

「うん、霍公鳥と川蝉の写生はないか?」
「霍公鳥? 川蝉?」

 低く唸りながら写生帳を幾つか引っ張り出し、夏ばてなのか少し痩せたように感じる背中を丸くしながら捲り始めた。


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