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透る雫
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しおりを挟む「…………っ」
低く低く唸る。
これを独りで描き上げたその才能とやらに、醜くもどうやら嫉妬して強いる自分がいることに気づいてしまった。
この世界に居ると、時折そう言った人種にぶち当たることがある。
いわゆる、天才と言う奴だ。
本当に時折だが、居る。
同じような絵を描いたとしても、天才と非才では一筋の線の違いで明暗に傾いてしまう。
「……────あの子は、天才だ」
夏だと言うのに涼しい心持にさせるその絵を見ながら、ぶるりと起きた悪寒に顔を伏せた。
板に貼った紙の上に滲み止めの液を塗る。
真夏も過ぎつつあると言うのに気温は緩むことはなく、何をしていなくとも体中が汗だくだった。
「 中に入っても?」
涼し気な問いかけに顔を上げると、湯飲みを持った翠也が入り口の方から顔を覗かせる。
昨日今日の関係ではないのだし入り口が開け放ってるのだから入ってくればいいものを、律儀に伺いを立てるのだから面白い。
「やぁ」
「暑いでしょう? 安治さんから冷やし飴を貰ってきたのですが、いかがですか?」
下の名前で呼ばれると一瞬分からなかったが、料理人の田口のことだと思い至って頷いた。
「ありがとう、ちょうど喉が渇いていたから」
「……それは?」
彼の手から冷やし飴を受け取り喉へ流し込んでいると、翠也の問いが聞こえる。
「ああ、奥様から結婚祝いを描いて欲しいと言われた鴛鴦だよ」
さっぱりとした喉越しの冷やし飴が内臓に染みわたるのを感じて目を閉じた。
「黒田の小母様のところかな?」
心当たりがあるのか、翠也は自分の言葉に自分で頷きながら興味深そうに下絵を覗き込んだ。
「……ずいぶんと、しっかりした下絵ですね」
「うん? ああ、融通の利く油絵とは違うからね」
日本画はその画材の性質上、描き直しができない。
だから下描きは油絵のそれよりもしっかりと描く必要があるのだが、翠也にはそれが新鮮なのだろう。
「へぇ……そうなんですね」
「やってみるかい?」
「え⁉」
「日本画」
そう言うと翠也は大げさに手を振った。
「あ、油絵だけでっいっぱいいっぱいなんで!」
「そう? 君ならそつなくこなしそうだが?」
「買いかぶりすぎです」
恥ずかしがりながら俯く彼をもう少し羞恥に赤くしたいと言う、いつもの御し難い思いがざわりと這い出してくる。
「あれを見て、そう思うのだけれど」
ふっと視線を向けた先に飾ってある碧と皓の絵に、彼はぱっと頬を赤らめた。
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