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瑞に触れる
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しおりを挟む「そうかもしれない。だから、君の母上は描いてみたいと思うよ」
また先程のように笑い飛ばしてくれるだろうと、つい軽口が出た。
「では 」
ぱちりと長い睫毛が揺れて、花を見ていた瞳が彷徨う。
戸惑う雰囲気に視線を遣ると白く細い首筋に雫が流れて、涼し気にしている彼も暑いのだとその時初めて気づかされた。
「 僕も描いてくれますか?」
か細い糸のような声はともすれば聞き間違いかと思わせるほどだ。
「え?」
泳いだ視線はこちらを見ず、遠くに咲く濃い紅色の夾竹桃を見たままだった。
「……冗談です」
彼はゆるりと諦めたように首を振り、喉元まで垂れた水滴を指先に移して「ただの戯言です」と、そう呟く。
光る軌跡の残る首筋を晒しながら言葉を紡がなくなった彼の手を取ると、怪訝な目と目が合った。
「あっ 」
翠也の力は弱く、俺が掴んだだけでもうすでに逃げられなくなっている。
そしてただ、なされる行為に目を見張って……
塩気が舌に絡む。
匙の先ほどの水分が翠也の指先と俺の舌の間で捏ねられ、吸われ、俺の一部になっていく。
「 は 放してください」
声は怯えからか、それともくすぐったさからか震えている。
それが加虐心をそそるのだと、彼は知らない。
蝉の叫びとむせ返るほどの緑に囲まれて、俺はその時初めて翠也に触れた。
写生帳の中に延々と女の顔が続く。
横顔、
正面、
それから、裸体。
写生をするために人を雇うなんて贅沢をすることのできなかった俺の唯一の救い。
「 っ」
名前を呼ぼうとしてぐっと言葉を飲み込み、代わりに手の写生を見つけてそれに指を這わせてみた。
ざりざりとした粗い写生帳の質感だけがそこから返り、今自分が触れているの人肌でなくただの紙なのだと知らしめてくる。
「……俺は、何をしているんだ」
舌が覚えている感触を思い出してごくりと喉を鳴らした。
なぜ、あんなことをしてしまったのか?
なぜ?
理由は簡単だった。
煽情さにあてられたのだ。
若緑色の、熟れたことのない果実のような密かな瑞々しさに。
馬鹿なことをした と思う。
狼狽える翠也は手を払い、転がるようにして駆けて行ってしまった。
その後姿に憐憫に混じってわずかな劣情があったのは否めない。
彼には悪いことをした。
いきなり親しくもない男からあんなふうに扱われたのだから、不審に思われても仕方ない。
けれど、舌を満たした汗の甘さが……
くらりと脳を駆け巡った感情を押し潰すように、指の下の写生帳を力任せに引き千切る。
「 あっ」
その声に鼓動が跳ねた。
「どうしてっ!」
風を通すために開けていた縁側の窓から翠也が慌てて這い入ってくる。
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