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瑞に触れる
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しおりを挟むちり ちり と日ごと陽射しがきつくなる。
夏は嫌いではなかったが、汗が出るのはどうにも辟易するしかない。
下を向いて絵を描く際にも垂れるそれを気を付けなくてはならないのがまったくもって面倒で、皮膚を纏うことすら邪魔っ気だ。
幾ら涼しいとは言え木綿の服を脱ぎ捨てたい気分になってくる。
「写生ですか?」
問われ、目の前の名も知らぬ花から目を上げた。
「ああ、可愛らしい花だなぁと」
さらりと熱気を感じさせない涼し気な風情で翠也は隣に立つ。
「螺花でしたか?」
「へぇ、そんな名前なのか」
螺旋を描く薄紅の花に視線を残したまま、ふと思いついたように翠也は尋ねてきた。
「不便などはありませんか?」
「いや、良くしてもらっているよ。不便なんて全然ない」
「そう、それは良かった」
つぃと動く視線の先にある花を共に見る。
「卯太朗さんの作品を見ました」
唐突に言われて戸惑いが隠しきれず、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのだろうか、翠也は俺を見て笑った。
「そんなびっくりされなくても」
「いや……俺なんかの作品が人目にと思うと気恥ずかしくて」
そう言うと、母親とよく似た「ふふ」と言う笑い声を漏らす。
「おかしなことをおっしゃいますね」
翠也がこうして笑ってくれるからこそ、俺は冗談に紛れて本音を吐き出すことができる。
正直、自分の作品が人目に触れていいのか、俺自身が疑問に思っている事柄だった。
どうして俺なんかが評価されたのか、
どうして俺に後援者がついたのか、
幾度考えても転がり込んできた幸運に対して、これと言った根拠を見つけることができないままでいた。
「──── 美しい人ですね」
翠也の言葉が誰を指すのかは明白だった。
「そう……かな」
「ぞくりときました、あの艶めかしさ。特段肌を見せていると言うわけではないのに艶っぽくて」
「はは、ありがとう」
「どなたなんですか?」
それは無邪気な、何気ない問いなのだろう。
もしかしたら絵に対するただの社交辞令だったのかもしれない。
「いや……あれは俺の 理想だよ」
開いてしまった言葉の隙間を、どう受け取ったのかはわからない。
けれど彼は笑い、
「貴男はずいぶんと面食いのようだ」
そうけろりと言った。
なんだかその様子があまりにもからりとしていて、あの絵の中の人物に対して抱いていた陰鬱で湿っぽい感情がすでに過去のもので、今現在ではどうしようもないものだと諭されたような気がして笑いが出る。
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